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うどん、遥か遠く。

拝啓

ご無沙汰しております。
以前お会いしたのは、2月の初め頃でした。それから世の中はすっかり変わってしまいましたね。学校は臨時休校になったと伺いました。思うように授業を進めることができず、大変だったと推察いたします。

2月に学校を訪ねたとき、夜間授業の前のお時間をいただいてしまい申し訳ありませんでした。
面と向かってゆっくりお話するのは3年前の卒業以来でしたね。先生は私が学生だった頃と何も変わっていませんでした。どこか飄々としていて、先生と学生という垣根を感じさせない雰囲気があって。でも学生に向き合うときはいつも真剣で。あのときも、滅入っていた私のまとまりの無い話にじっくり付き合ってくださいました。

話を少し変えます。
先日、久しぶりにうどんを作りました。
学校の食品加工実習でも作りましたね。中力粉に塩水を少しずつ加えて、丁寧に混ぜ合わせて粉に水をゆき渡らせる。生地を休ませながらこねて、麺棒で薄く平らに伸ばす。

先生は覚えていますか?
実習のデモンストレーションを最前列で食い入るように見ていた私に、先生が麺棒で平たく伸ばした生地を触らせてくれたことを。
先生は以前麺類を扱う食品メーカーに勤めていて、製麺の資格を持っているとか。生地の表面にそっと指をのせると、流石、生地の表面はどこまでも厚みが均一で凹凸がひとつもなくすべらかで、まるで絹に触れているような心地でした。

その感触が忘れられなくて、実習以来ときどきうどんを打っています。
でも何度作っても、先生の生地のように美しくはできません。生地を伸ばしてもきれいな形にならないし、生地の厚みも不均一。悪戦苦闘しながらなんとか伸ばした生地を切って茹で上げて、細かったり太かったりと不細工な出来のうどんを食べるのです。
今回もうまくいかなかったな、あのとき触れた先生のうどんのようにはできなかった、といつも悔しさと一緒にうどんを噛み締めています。

私に食品加工の面白さを気づかせてくれたのは先生でした。
それから実習も座学も楽しみでしかたありませんでした。自分でもどうかしているんじゃないかと思うくらい、毎週の授業が楽しみで楽しみで。授業の前も最中も、わくわくし過ぎてはしゃぎ出しそうな気持ちを、必死で抑えていました。

だから、学校を卒業してしまうのが本当に残念でした。
先生にもっと教わりたいのに。もっとたくさんのことを知りたいのに。
そういうわけで、先生のもとで働くことが私の夢になるのは自然なことでした。

私は社会人を経験してから、栄養士の専門学校へ入学しました。
なぜそれまで勤めていた会社を辞めて、栄養士になる専門学校へ入り直したのか。それは「栄養士になりたかったから」ではありません。
「自分自身が食べたものが自分の体の中でどうなるのか」
ただ純粋にそれが知りたかったからでした。

私が先生のもとに戻りたいと思ったのも、同じです。
面白くてたまらない食品加工を、ただ純粋に知りたい。
先生の知っていることを、全部知りたい。全部全部、知りたい。
うどん作りだけでなく、食品加工の知識も技術も今は遥か及びません。
でもいつか追いつきたいと、本気で思っています。

2月にお会いしたときのことに話を戻します。
当時、私は疲弊し切っていました。先生を訪ねた本当の理由、それは先生にこの状況から救い出して欲しかったからです。もがくほどに黒い沼の底へ沈んでいく私を、明るい水面の方へと引っ張り上げて欲しかった。
それはつまり、この言葉が聞きたかったということ。
ここで働けばいいよ、と。

それは、私の身勝手な願いでした。
置かれた状況から逃げて、自分の望みまで叶えてしまおうなんて、わがままが過ぎる。
現実的に考えて、そんなことは無理だと分かっていたんです。
それでも、これが全ての解決策だと、卑怯な思いつきにすがってしまいました。

所詮、自分の人生は自分で舵を取るしかないのです。
自分の人生を他人に変えてもらうことはできません。
今は、分かります。

当然のことながら期待した言葉が出てくることはありませんでしたが、先生の変わらない穏やかさと思いやりに触れて、それまで強張っていた肩の力がすっと抜けました。先生に話を聞いてもらえた、ただそれだけのことで心が鎮まり、きちんと自分の足で歩み出そうと前向きに考えることができるようになりました。
その後、思いがけず長い休みをとってしまいましたが、近々、新しい場所で挑戦を始めることに決めました。

この先どんな事が起きるか分かりません。ですが私にとってひとつ、揺るがないものがあります。
もうお分かりですよね。
それは私が必ず辿り着くべき場所であり、そこからまた新しい物語を紡いでいけると思っています。

この手紙は、勝手な決意表明です。
新たな世界に飛び込む前に、先生に伝えたかったのです。
絶対に諦めないということを。

面倒くさい奴が来るのかとうんざりしているかもしれませんが、どうか待っていてください。そのときはうどん作りだけでなく、先生が持っているもの全部、教えてください。
またお会いできる日を楽しみにしています。
くれぐれもご自愛ください。

敬具

うどん作りは勝てないけれども
先生を越えられるかもしれないめんつゆのレシピ

《材料》
醤油、みりん 各200ml
料理酒    100ml
削り節    5g
昆布     2g 

《作り方》
①鍋に醤油、みりん、料理酒を入れて火にかける。沸騰したら弱火にして2分ほど煮て火を止める。
②削り節と昆布を保存容器に入れ、粗熱がとれた①をそそぐ。
③冷めたら冷蔵庫に入れる。3日後くらいから使える。

※削り節と昆布はお好みでもっと加えてもよい。うまみが濃厚なめんつゆができる。
※削り節と昆布は漬けたままでもよいが、めんつゆができたら、削り節と昆布をこし取って瓶などに移し替えると使いやすい。
※うどんのつけつゆに使うときは2〜2.5倍に薄めるとよい。薄めずそのままかけて、ぶっかけうどんにしても美味しい。

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