【勝手に感想】陰謀論と厨二病妄想を実写以上にリアルに見せる『機動警察パトレイバー2 the Movie』
*タイトル画像は「機動警察パトレイバー公式サイト」より
「外交敗戦」後の硬派なメッセージ
日本は31年前、「外交敗戦」を喫した。イラクによるクウェート侵攻に端を発する1991年の湾岸戦争のことだ。日本はクウェートを解放した米軍主体の多国籍軍の軍事作戦に参加せず、代わりに行った130億ドルもの資金提供も「少なすぎ、遅すぎる(too little too late)」とやゆされた。
日本では以後、戦争と平和の問題や国際貢献の在り方に関する議論が活発になり、92年にはPKO法が成立。この年はカンボジアPKOに自衛隊が派遣されるなど、戦後日本の安全保障政策の転機となった。
押井守監督の「機動警察パトレイバー2 the Movie」が公開されたのは翌93年。「湾岸後」の時流を踏まえて制作されたことは明らかだ。白い塗装に「UN(国連)」の文字が描かれたレイバー隊とゲリラと思われる勢力との戦闘を描いた冒頭の舞台は、明らかにカンボジアをイメージしている。
レイバーというロボットの存在は、70年代末以降のリアルロボット路線のファンを引き付けただろうが、押井が映像化したかったのは、同路線の系譜に連なるSFロボットものでは恐らくない。国際貢献を叫びながら軍事を忌避し平和主義にひたる日本の矛盾を問うという、実写でもあまりウケないであろう硬派なテーマが本命だ。
軍事的茶番
最低限のあらすじを、本作のキーパーソンの一人である「陸幕調部別室」の荒川の言葉を借りて紹介しよう。
驚くべき「リアルの演出」
公開から約30年の時を隔てて改めて観賞して驚いたのは、そのリアルさの演出だ。
冒頭の場面。PKO派遣部隊のレイバー搭乗員が発砲許可を求めたところ、「交戦は許可できない。現在カナダ隊がそちらへ急行中」と指示される。結果として日本隊はRPGの一斉攻撃に見舞われ、壊滅的打撃を受ける。
現在でも自衛隊のPKO派遣決定に当たり、ゲリラなど非国家主体とどう向き合うかという課題は未解決だ。現実と重なる問題提起に、このアニメ映画はお子様向けじゃないんだな、とまず知ることになる。
その後もとことんリアルを感じさせる用語やロジックが続く。荒川が所属する「陸幕調査部別室」は電話番号も公開されていない闇の組織だが、自衛隊には実際に「陸上幕僚監部調査部調査第2課別室(調別)」という部署があった。ちなみに調別は、83年の大韓航空機撃墜事件で、撃墜の動かぬ証拠となるソ連軍機と地上管制官の無線を傍受したことで知られる。
地味に感心したのは、空自のバッジシステムへのハッキングによる、首都圏への空自機接近という架空の非常事態だ。バッジシステムのソフト書き換えの際にバックドアを仕込み、「ドイツの情報サービス会社のゲートウェーから米国の大学のネットを経由して在日米軍のシステムに潜り込み、府中COCのメインフレームを通して」ハッキングするという説明がすごい。31年前の描写である。
自衛隊基地司令官の「予防拘禁」を機にした自衛隊暴発への危機感の拡大と警察との対立の激化、不穏な部隊を除く自衛隊による治安出動という一連の流れも、「首都戒厳令」もかくやと思わせる迫力がある。雪が降り続く中、オリーブドラブの戦車やレイバーが警備に当たる都内の光景は、2.26事件を連想させる仕掛けだろうか。
フィクションとしての「戦時の東京」
ただし、押井がリアルを追求して現出させた「戦時の東京」は、あくまで荒唐無稽なフィクションなのだ。
金帰火来と呼ばれるほど地元選挙区の動向ばかり気にしている政治家や文民統制の下で外部から隔絶された自衛隊、日本を2~3年間の勤務地の一つと捉え文化的関心もほとんど抱かない在日米軍将兵の姿を知っていると、日本の国防の現状に危機感を強めた政治家や自衛隊OB、米軍の一部が結託するなどあり得ないことだと思う。物語の前提からして陰謀論である。
戦後日本が享受してきた平和を「空疎」で「不正義」と指弾し、日本は「単なる戦線の後方」に位置するにすぎないと断じる論理は、観念的すぎる。まして「クーデターを偽装したテロを起こし、ある種の思想を実現するため首都を舞台に『戦争』という時間を演出する」という柘植の狙いは、もはや厨二病の妄想であろう。柘植と対峙する後藤が言うように、「今この国で反乱を起こさなければならない理由」など何もないのだ。
それでも本作が強烈なリアリティを帯びているのは、やはりアニメーションという表現形式を取っているからだろう。
全体的に重厚な雰囲気の中で、登場人物たちは大量の台詞によって思想を語り、戦闘機やヘリコプター、戦車、レイバーに至るまで精密な軍事的・機械的描写が積み重なっていく。
これが実写だったら、たちまち陳腐な陰謀ものに堕していただろう。人物も動きもない画の中での長い長いダイアローグなど不可能だろうし、兵器や戦闘の視覚効果も、相当のカネをかけなければリアリティを出すことはできまい。
モリカケ疑惑をネタに内閣情報調査室という実在のそれっぽい組織を絡め、最後は米軍の生物兵器研究施設の建設計画にたどり着く映画「新聞記者」(2019年)は、「いくら何でも厨二病こじらせすぎじゃない?」という吐息で終わった。逆説的だが、実写ではリアル感が薄れ、陰謀論の薄っぺらさが際立つ結果になりがちだ。
本作ではしかも、時折顔を出す後藤や特車二課の(旧)メンバーのキャラクターを生かしたギャグというアクセントもある。運河で柘植と再会した南雲の背後の闇を電車の灯が流れる場面や、南雲と柘植が手錠を掛けたまま指を絡ませるシーンでは、静謐なオトナの叙情すら香る。アニメというジャンルに限らず、90年代前半に生まれた邦画の名作でしょう。
砲声と共に消える蜃気楼
最後に、ロシアによるウクライナ侵攻を受け、再び戦争と平和をめぐり日本で議論が沸騰している現状に鑑み、本作の核となる荒川と後藤のダイアローグと柘植の独白を、一部省略しつつ紹介したい。今の押井がウクライナ戦争をどう捉えているかは知らないし、「観念的すぎる」とも書いたが、当時の疑問が今も未解決であることは認めざるを得ない。
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