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気になったり悩みすぎて、頭を外して楽になりたい時期があった

言われたことや気になることを、こちらがいつまでもウジウジと悩んでいると「気にしないでいい」とか「無視したり、サラっと聞き流せばいい」と言われることが多かった。
そういうスルースキルを持ち合わせているから簡単に言うのか、それともこちらのウジウジに付き合いきれなくて言い放ったのか、はたまたそこまで気にしなくても大丈夫だと安心させたくて言ったのかもしれない。
私も家族には「気にするな」とつい言ってしまいがちだ。まるで相手の“気になる”を過小評価してるようで反省してる。

気にするなと言われても、ついつい気になってしまう...。気にしないで過ごせたらどんなに楽だろうか。一旦頭をパカッと外したり、要らないものをポイポイ捨てられたらいいのにと、20代前半の頃は本気で考えてたこともあった。

あの頃と比べると今もたいして変わらないけど、気になるなら気になるでいいやと良い意味であきらめてしまっている。時間を決めてとことんモヤモヤする。そのモヤモヤが小さく薄く出来ることがあるのなら、それに集中しと取りかかればいい。不安要素やわからないことを減らすみたいな感じで。

けど、ほとんどのモヤモヤはすぐには解消出来ないものもある。モヤモヤに長らく囚われてると思ったら、紙に書いて思考を整理させるとか、日常のルーティンに戻ったり、やりたいことをやっていく。すると、時間が経つ毎に心がフラットになるというか落ち着いてくる。

これまで何かと色々気になってきた分だけ、モヤモヤしたってどうしようもねえなとようやく学習したのかもしれない。
20代ではわからなかったけど、生きづらさを掘り下げたり、自分の気質を知ったうえでの対処法がわかったことが非常に大きい。スルーしていく訓練はまだ始まったばかりだ。

ただ、、こちらが悩みを打ち明けたとして、聞く姿勢をとらずに「気にするな」「大丈夫だ」「なんとかなる」と安易にすぐ言ってくる人は好きじゃない。そんな人とは、あまり関わらないでもいいかなと考えている。

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