ページビュー至上主義、は、ほんとは悪くない。

とあるイベントの講演録。

ネット広告が嫌われる時代に ページビュー主義を脱せよ 

思うにこういうセッションに、

プログラマティック取引をちゃんと理解し、そのテクノロジーが今後どのように進化し、そして媒体社はその源泉となる「ページビュー」をどういう体制で売るのか?

っていう、媒体社のビジネスのあるべき姿を説明できる人が壇上になぜいないのか? だから媒体のビジネスのことを触れないままに、一方的にやたらと「ページビュー至上主義からの脱却」みたいなことが語られる。

ほんとページビュー至上主義とか言って、「ページビュー」を批判してる人って、ネット広告の健全な取引のあり方について、ほんと理解する気がないのかなぁ、っていつも思います。

むしろ、ページを分割したり、「続きを読む」などで、「ページの水増し」が起きるのは「ページビュー至上主義」ということが本質的な問題なのではないんですよ。適切な広告取引がなされていないがゆえに、低単価・低RPMなアドネットワークに収益を頼らざるをえない状況が媒体にあり、その結果、ページビューを増やさないと広告収入が少なくなるから、ページ分割や「続きを読む」などを使ってしまうという、そういう話です。

広告主側からの意見としては、「適切な広告枠がない」とか話もありますが、実際出稿するとなるとそういう人ほどCPCばかり口にするし、また「適切な広告枠」を作るために媒体社と話をしようとしたなんて話はほとんど聞きません。

媒体社がページビュー至上主義に陥ってる、と主張するのは簡単ですし、誰かのせいにすれば自分たちは考えなくてもよくなるので楽ですよね。でも問題の本質は、媒体社と広告主もプレイヤーとして存在するエコシステムの中で起きているのであり、特に、

・媒体社の営業体制がデジタル時代に適合してない。
・媒体社の商品作りの問題。
・広告主のプログラマティック取引への理解不足
・広告主と媒体社、双方の協力による広告枠の開発

といったことがないのは大きな問題なのですよ。

「ページビュー至上主義」を批判するなら、その前に媒体側のビジネスがどうすれば健全化するのか、広告主はどうしたら出稿するようになるのか、プログラマティック取引を適切に使うようになるのか、といった議論をも同時にしてほしいですね。

媒体のビジネスとプログラマティック取引をちゃんと理解したら、「ページビュー至上主義」はむしろ良いものと捉えることができるはずなんですが。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

46
あなたの見ているりんごは他の人が見ているりんごと同じなのか?どうして同じものだと言えるのだろうか?という視点と、そもそもりんごが赤いと感じる前のりんごとの体験って何だろうか?という視点から、結構真面目にマーケティングを考え直してる時々社会人大学院でも教授してる人。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。