忘備録 HERA(Health Emergency Preparedness and Response Authority)
HERA(Health Emergency Preparedness and Response Authority)の解説
HERAは、欧州連合(EU)がCOVID-19パンデミックの教訓を基に設立した新しい機関で、将来の公衆衛生上の緊急事態に対する備えと対応能力を向上させることを目的としています。
1. 設立の背景と意義
1.1 COVID-19が示した課題
COVID-19パンデミック中、EU各国は個別に対応を進めた結果、物資の調達競争やワクチン供給の不均衡が発生しました。
EU内で統一された戦略が欠如しており、連携不足が目立ちました。
特に、ワクチンや医療物資の供給遅延、備蓄不足、医薬品の開発スピードの限界が課題として挙げられました。
1.2 HERAの設立
HERAは、これらの課題を解決するため、EU全域で保健上の脅威を監視、準備、対応する専門機関として2021年9月16日に設立されました。
約60億ユーロ(約8000億円)の予算を2022~2027年にかけて確保し、研究開発や備蓄、緊急時対応の資金として運用します。
2. HERAの使命と機能
HERAは「予防」「準備」「対応」という3つの柱を軸に、EU内外の保健緊急事態に対応します。
2.1 予防
潜在的な脅威の特定:
データ分析とモデリングを活用し、新興感染症や生物・化学・放射線・核(CBRN)リスクを特定。
優先病原体リストを作成し、開発すべき医療対策を特定します。
リスク評価:
各国の保健システムの脆弱性を評価し、地域ごとのリスクマップを作成。
2.2 準備
研究開発の促進:
ワクチン、治療薬、診断ツールなどの医療対策の研究を支援。
CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)や製薬企業との共同開発プロジェクトを推進。
備蓄と供給:
医薬品、ワクチン、診断ツールを事前備蓄し、緊急時の迅速な供給を確保。
EU全域で使用可能な共通インフラを整備。
2.3 対応
迅速な資金提供:
緊急事態時には、迅速に資金を調達し、必要な医療対策の供給を支援。
対応力の調整:
各国の対応を統合・調整し、EU全体での効果的な対応を実現。
3. 主な活動と成果
3.1 医療対策の開発
HERAは、ワクチンや治療薬、診断ツールの研究開発を支援しています。
次世代mRNAワクチン:
製造スピードが速く、変異株に対応可能な新しいmRNA技術の開発を優先。
汎用ワクチンプラットフォーム:
新興感染症にも迅速対応可能なプラットフォーム技術の構築を目指しています。
3.2 パートナーシップの強化
CEPIやWHOとの連携:
CEPIと共同で新興感染症への備えを進め、国際的な医療対策の研究開発を主導。
製薬企業との協力:
パンデミック対応契約を通じて、製薬企業の生産能力を確保。
日本(AMED)との協力:
感染症研究、特にワクチンや治療薬開発における情報共有を開始。
3.3 グローバルな公平性の確保
COVAXへの貢献:
途上国へのワクチン供給を支援し、世界的な感染症対策の一環として活動。
4. 他国との比較
HERAとBARDA(米国)の違い
設立目的:
BARDAは米国の国家安全保障を主眼に置いており、生物兵器や化学兵器への対応を重視。
HERAは、EU全体の公衆衛生上の脅威に対応することを目的とし、平時からの準備に注力。
資金規模:
BARDAは年間予算約20億ドル。
HERAは初期予算として6年間で60億ユーロを確保。
国際的役割:
BARDAは国内対応が中心だが、HERAは国際協力(COVAXやCEPI)に積極的。
5. HERAの課題
5.1 資金の制約
現在の予算では、EU全域での緊急対応には不足が指摘されています。
特にCEPIやCOVAXへの貢献が十分でないと批判されています。
5.2 各国間の連携不足
EU加盟国間の協力体制が十分に整っていないため、HERAの活動が阻害されるリスクがあります。
5.3 民間セクター依存
ワクチンや治療薬の開発・製造能力は、主に製薬企業に依存しており、供給遅延のリスクが残存。
6. 改善と未来展望
6.1 資金強化
EU加盟国からの追加拠出を求め、持続可能な予算基盤を構築。
公的ファンドと民間投資を組み合わせた新たな資金モデルを導入。
6.2 公共製造施設の整備
緊急時にはHERAが直接管理するワクチン製造施設を運営することで、供給リスクを低減。
6.3 技術革新の加速
AIやビッグデータを活用し、新興感染症の予測モデリングを強化。
汎用性の高い治療薬(抗ウイルス薬)の開発を推進。
6.4 国際協力の深化
CEPI、WHO、AMEDとの連携を強化し、グローバルな感染症対策のリーダーシップを確立。
7. HERAの具体的な取り組みとプロジェクト
HERAは設立以来、いくつかの重要なプロジェクトを通じてその使命を果たそうとしています。以下に、その具体例を示します。
7.1 パンデミックインフラストラクチャーの構築
HERA Incubator Initiative:
変異株に迅速に対応するため、次世代ワクチンの開発を加速するプログラム。
製薬企業と共同で汎用性の高いワクチンプラットフォームを設計。
EU FAB:
ワクチンや治療薬を大量生産するための製造拠点ネットワーク。
平時には必要最小限の稼働、緊急時には迅速に生産を拡大できる柔軟なシステム。
7.2 優先病原体リストの作成
目的:
将来のパンデミックや保健危機に対応するため、リスクが高い病原体を特定。
プロセス:
データ分析、感染症専門家との協議、EU加盟国のフィードバックをもとにリストを策定。
成果:
COVID-19に続き、インフルエンザ、エボラ、ラッサ熱、MERSなどが対象病原体として優先順位付け。
7.3 ワクチン備蓄計画
EU Vaccine Strategy:
将来の緊急事態に備え、複数のメーカーからワクチンを事前購入・備蓄。
目的:
緊急時に供給が遅れるリスクを回避し、EU全域で迅速に分配可能な体制を構築。
課題:
備蓄したワクチンの保管期限切れや適切なローテーションが必要。
7.4 国際的なワクチン供給
COVAXへの貢献:
低・中所得国へのワクチン供給を支援するため、EU全体で約10億ユーロを提供。
EU for Health Program:
EU域外への医療物資やワクチンの支援を強化。
7.5 次世代診断ツールの開発
目的:
感染症の迅速な検知を可能にする技術を開発。
取り組み:
ポイント・オブ・ケア(POC)診断キットや、AIを活用した診断アルゴリズムの研究支援。
成果:
PCR検査の時間短縮や、高精度な抗原検査キットの普及。
8. HERAの戦略的パートナーシップ
8.1 CEPI(感染症流行対策イノベーション連合)
共同研究:
新興感染症に対応するワクチン技術の開発を共に進めている。
特にエボラ、ニパウイルス、ラッサ熱に焦点を当てたプラットフォーム開発。
8.2 WHOとの連携
情報共有:
グローバルな感染症サーベイランス(監視)データの共有。
緊急時対応のベストプラクティスを協力して策定。
8.3 製薬企業との契約
Advance Purchase Agreements(APA):
緊急事態時に優先的にワクチンや治療薬を購入できる契約を締結。
製薬企業の生産能力を迅速に引き出す仕組み。
9. HERAの挑戦と改善案
9.1 EU内の調整問題
課題:
各加盟国間の連携不足や、緊急時の権限分散が意思決定を遅らせる。
改善案:
単一の指令機関を設置し、EU全域で統一された緊急対応を実現。
定期的なシミュレーション訓練を加盟国と合同で実施。
9.2 予算の持続可能性
課題:
初期の6年間予算(60億ユーロ)以降の資金調達が不透明。
改善案:
民間投資を呼び込む官民連携ファンドを設立。
各加盟国が負担金を拠出する義務を明確化。
9.3 ワクチン供給の公平性
課題:
緊急時におけるワクチンの供給が特定地域に偏る可能性。
改善案:
公平な分配ルールを事前に設定。
COVAXや他の国際組織との連携をさらに強化。
10. HERAの未来展望
10.1 平時からの準備の強化
研究プラットフォームの拡張:
平時からの基礎研究とプラットフォーム技術の開発を継続。
備蓄の拡大:
医療物資、診断ツール、治療薬を含む広範な備蓄を整備。
10.2 グローバルリーダーシップ
国際的な枠組みの強化:
HERAがEU内にとどまらず、グローバルな感染症対策の中核として機能。
新興感染症の早期警戒ネットワーク:
世界中のサーベイランスデータを集約し、AIで解析する統合的な早期警戒システムを構築。
10.3 国際標準化の推進
医療対策の標準化:
ワクチンや治療薬の製造・配布プロセスを国際基準に基づいて策定。
他国との技術移転:
日本(AMED)やアジア諸国に対する技術移転を進め、グローバルな感染症対策を拡充。