教育制度-035。人口減少社会における学校制度の設計と 教育形態の開発のための総合的研究 最終報告書。平成 25 年度プロジェクト研究報告書

1.人口減少の予測と本調査研究実施の経緯
我が国の人口は,平成 22 年の 1 億 2806 万人をピークとして長期の人口減少過程に入り,平成 37 年(2025)には 1 億 1889 万人に,平成 47 年(2035)には 1 億 905 万人に,平成 62 年(2050)には 9186 万人まで減ると推計1されている。推計人口区分の 0 歳~14 歳の人口が 3 年後にそのまま 3 歳~17 歳に達するとして,初等中等教育対象人口の推移を見ると平成 22 年 1724 万人が平成 37 年 1266 万人,平成 47 年 965 万人,平成 62 年784 万人となる。
明治 5 年(1872)の 3~17 歳人口は約 1200 万人と推計2されるから,現在から 11 年後に初等中等教育対象人口は学制発布の頃に戻ってしまい,それ以後はこれまで経験したことのない比較的少数の児童生徒を対象に全国的に公教育を提供していくこととなる。対象人口が 2800 万人ほどであった時期に制度設計された学校教育と教育行政等の仕組みが,対象人口が 1/3 程度まで減少した状況で,果たして全国的に十分機能していくのか。このことだけでも人口減少社会における学校教育の在り方に関する政策研究
の必要性を生じさせる。

人口減少による経済・社会への影響とそれらへの対応の在り方はグローバル化によって更に複雑さを増し,人口減少とグローバル化は我が国が直面する一体的な課題と認識されるようになった7。仮に人口減少によって経済成長が停滞し,将来の市場規模縮小が懸念されると,多数の企業拠点や優秀な人材が海外に流出して経済の落ち込みが加速され社会が沈滞化することも予想される。逆に,都市や地域が産業基盤整備して立地競争力を持ち,学校や病院などの各種社会的なシステムが国際的に通用する質保証を伴う高水準のサービスを提供すれば企業拠点や顧客が海外から流入し社会の活力が維持できるとも考えられる。

5 「日本経済の進路と戦略」では「日本経済が直面する三つの課題」に「①人口減少等による成長制約」が挙げられている。また,安心社会実現会議報告では「この時期(2020年代)までに出生率の確実な上昇反転を実現することができれば,2030 年代以降の日本社会の持続可能性に確かな見通しが得られる」と記述。
6「日本経済の進路と戦略」でも「人口が減少する中においては,生産性の向上が最重要の課題」とし,更に「イノベーションがもたらす成長の可能性」という項目を設けている。
7 経済財政諮問会議「構造改革と経済財政の中期展望-2005 年度改定」には「政府は……少子高齢化とグローバル化に向けた基盤をつくり」との記述がある。
8 第 4 期科学技術基本計画(2011.8 閣議決定)では「科学技術とイノベーション政策」の一体的展開が強調され,研究支援と研究成果の産業移転,産業育成を関係者の主体性等を尊重して別々に行ってきた政策を一体的に企画,実施するとしている。これに関連して,国内外を通じた高齢化に伴い市場が拡大する医薬品・医療機器産業の発展に向けて,関係する行政組織と施策の一元化及び資金投入と研究支援への新システム導入など従来の行政

厚生労働省の推計15によれば,医療関係の社会保障給付費は平成 27 年度に 39.5 兆円,平成 37 年度に 54.0 兆円に達し,平成 24 年度(35.1 兆円)に比べてそれぞれ 4.4 兆円,18.9 兆円の増額となる。すると平成 37 年には医療従事者人件費が 9.0 兆円,医薬品購入額が 4.2 兆円,医療材料購入額が 1.1 兆円それぞれ増えることになる。厚生労働省の調査16によれば,平成 20 年の医療従事者(非常勤職員を常勤換算した数値)は,医師 28.7 万人,歯科医師 9.9 万人,薬剤師 26.8 万人,看護師・准看護師 131.6 万人,臨床検査技師・放射線技師等 12.2 万人,理学療法士等 8.6 万人,歯科衛生士等 9.6 万人である。仮に,今後の国民医療費の増加に伴う医療従事者人件費の増加が,医師,薬剤師,看護師・准看護師及び臨床検査技師・放射線技師等に限られるものとし,現在の職種別構成比率,国立大学附属病院での給与単価17(医師 730 万円/年,それ以外の医療従事者 500万円/年)を基に計算すると医師 23.9 万人,薬剤師 22.6 万人,看護師・准看護師 110.2万人,臨床検査技師・放射線技師等 10.2 万人が増えることになる。もちろん国立大学附属
病院の給与単価は一般医療機関と比べて低いし,より広範囲の職種の従事者が増えるので,これらの職種の医療従事者の増加はもっと少ないと考えられる。

6.変革を迫られる学校教育システム
1)人口減少によって迫られる利用可能資源の縮小
学校教育は社会を構成する重要なシステムの一つであり,しかも国と地方を通じた多額15 厚生労働省「社会保障に係る費用の将来推計の改定について」(平成 24 年 3 月)による。多額の公財政支出に支えられ,またその機能は多数の教員の全人格的な活動に依拠している。
初等中等教育段階に限定しても国と地方の公財政支出は 14 兆円(国立学校 0.1 兆円,公立学校 13.7 兆円私立学校 0.6 兆円)18に達し,また本務教員だけで人員は 109 万人19を超えている。若年人口の減少に伴う児童生徒数の減少により公財政支出規模も教職員数も減少した。
例えば,平成 11 年度でみると地方教育費中の学校教育費が 14.9 兆円,本務教員数が 111万人である20。しかし,これらは児童生徒数の減少率(平成 11 年度 1617 万人→同 25 年度 1369 万人で 15.3%減)21ほどには大きくない。これは教職員人件費が教育費の 7 割強を占めること,及び一般教員が学級を単位とし,一般教員以外の教職員が学校を単位として配置される仕組みがとられていることによる。1 学年 1 学級となると複式学級編制の導入や学校の統合,分校化によるほかは配置が必要な教員定数が減少しない。今後,1 学年1 学級の学校が増加すると,児童生徒数の減少に対する教職員減少率は更に逓減する。
一方,前節で示したように社会保障給付費の拡大に応じて国と地方の公的負担が更に拡大し,社会保障分野以外の政策経費の維持拡充が困難な状況が到来する。このような状況においてこれまでと同じ仕組みで学校教育に公財政支出を続けていくことは果たして可能なのだろうか
良質の社会保障給付の円滑な実施がより広範囲の国民的な関心事項となる中で,教育事業に係る公財政支出を継続していくことの社会合意形成のためには,教育投資の持つ将来的な効果を考慮してもなお,事業の正当性についてより丁寧な説明をすることが必要となると予想される。また,社会保障分野の人員・人材需要が一層高まる中で多数の優秀な教職員を確保することもより困難となる可能性がある。
もちろん,学校教育は,国民国家を構成するとともに自由な経済活動を担う市民を育成する近代民主主義社会と自由市場資本主義経済に不可欠な社会システムである。我が国が人口減少期にあっても一定の経済規模と成長を維持し,国民生活の安定向上を図っていくためには,一人一人の能力の付加価値を高め,有為な人材を輩出していく必要があるが,教育はそのための最も重要な基盤的制度である。したがって人口減少社会にあっても学校教育の機能の維持,向上を図り,学校教育の目的を実現していかなくてはならない。そのためにも, 学校教育について,より効率的・効果的なシステムへの転換,人的資源に関する効率性を高めるための見直し,さらには従来とは異なる機能発揮スタイル,事業実施スタイルの導入など,その変革に向けた検討が必要である。

7.人口減少社会にふさわしい社会システムと学校教育システム
1)人口減少社会にふさわしい社会システムに求められるもの
資金,人員,人材等の資源利用効率の高いシステムへの変革,これまで異なるスタイルへの転換と述べたが,様々な社会システムが人口減少期において具体的にどのような姿をとるべきかはそれぞれ専門的に検討を進めるほかない。そうではあっても,人口減少社会における社会システムが,それぞれ求められている機能を発揮し,それぞれの目的を実現するためには一般的に次のようなことが求められると考える。
ア 目的,機能,対象などに応じて専門分化したシステムから類似する目的,機能,対象などを統合,包括するシステムへ移行
イ 人口の分布等に関する地方・地域ごとの状況がこれまで以上に多様化することから一元的な構造からなるシステムからシステムの構造的な部分についても地方・地域間の相違を許容する多元的な構造からなるシステムへ移行
ウ 配分された資源を有効に利用するため,システム内の機能単位,単位組織等の間の資源の共同利用の仕組みの普遍化,さらには異なるシステムの間の資源の共同利用の仕組みを導入
エ システム内の機能単位,単位組織レベルでの専門的人材の確保と効率的な運営等のため,基盤整備・所有主体と事業主体の分離,所有主体と運営主体の分離などの仕組みを普遍化
オ 変革されたあるいは新たに構築された社会システムがその後も人口減少が続く状況において目的を果たし,更に発展していくため,それぞれのシステム内に省資源に資する技術革新や新たな機能発揮スタイル,事業実施スタイルの研究開発の仕組み,またそれらの評価の仕組みなどを内在化
2)人口減少社会にふさわしい学校教育システムの在り方
それでは人口減少社会の学校制度と関連する諸制度など学校教育システムはどう在るべきか。そのことを政策研究として専門的かつ実証的に検討していくために検討課題を整理し,検討手法を開発し,調査結果や諸外国の事例など検討に有用な資料を蓄積し,検討に際しての参考事例の捉え方などを明らかにすることが本調査研究の目的なので,ここではその内容に立ち入らない。
(人口減少社会にふさわしい社会システムに求められるものと大学システムでの取組)
しかし,1)に示した事項は人口減少社会の学校教育システムにも取り入れるべきものと考える。大学,学術分野においては,既に平成 20 年に国公私立大学を通じた共同利用・共同研究拠点制度が導入され,更に平成 21 年に教育学生支援分野の共同利用拠点制度,平成 22 年に教育課程の共同実施制度(学部,大学院の共同設置)が導入されている。また専門職大学院制度の創設に際して実務家教員制度が導入され,裁判官,弁護士などが職
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を有したまま大学院の専任教員となることができるようになった。

(平成 10 年の中央教育審議会答申「今後の地方教育行政の在り方について」)

また,人口減少社会に関連して述べられたことではないが,平成 10 年の中央教育審議会答申22は「学校事務・業務の効率化」という観点から以下に示す提言を行っている。この答申のとりまとめと作成は,当時,文部省教育助成局地方課長であった筆者が担当しているのでいささか手前味噌の嫌いはあるが,提言された事柄は人口減少社会の学校教育の在り方を考える上でも有用と考えられる。

2.1 考えられる概念的な圏域定義の例示
現実的に圏域設定をする際には,無縁の土地を組み合わせることは困難であるため,現時点から何らかのつながりのある地域を圏域化することが自然である。ここでは,必ずしも教育的側面に限らず,一般的に用いられる社会的側面も含めた地域のまとまりとしての圏域の定義について,幾つかの例を挙げて考えよう。圏域の定義は数多く存在するが,本稿では本研究会において議論された代表的なものを取り上げることとした。

①流域圏
国土庁(当時:現国土交通省)発表されて 1998 年 3 月に閣議決定された「21 世紀の国土のグランドデザイン」(第 5 次全国総合開発計画)の中で,国土の保全の管理について河川の流域圏に着目することが示された。なお,ここでの流域圏とは,「(河川の)流域及び関連する水利用地域や氾濫原」として捉えられるものであり,「その歴史的な風土性を認識し,河川,森林,農用地等の国土管理上の各々の役割に留意しつつ,総合的に施策を展
開する」ものとしている6。また,「自然の系である水系と,これに関連する森林,農用地,都市等により構成される流域圏を基本的な単位」7として捉えていることから,河川という地形によるつながりをもとに,上流の山間地から下流の都市までを一つの圏域として捉えていると考えられる。


②離島
国土交通省資料8によると,2012 年 4 月時点における,日本の離島数は 6847 で有人島数は 418 である。このうちの 254 島が離島振興法,39 島が沖縄振興特別措置法,8 島が奄美群島振興開発特別措置法,4 島が小笠原諸島振興開発特別措置法の適用を受けている。
また,2011 年 5 月に国土交通省から発表された「離島振興計画フォローアップ」によると,2008 年時点(当時の離島振興法適用の有人離島は 261 島)で小学校のない離島が 90島,中学校のない離島が 133 島もあり,高校のある離島はわずか 27 島にとどまる。人口減少に伴い,学校の統廃合も進んでおり教育環境面でも厳しい状況ではある。しかし,離島に存在する多様な歴史的,文化的な遺産を積極的に活用した教育面での取組もさかんに行われている。

③江戸期の旧藩圏域による同質文化圏
江戸期の 260 年余りにわたって続いた幕藩体制においては,諸大名が治める藩等が一つの地域単位となっていた。江戸期においては改易等による領地変更も多く,必ずしも全ての地域において一定しているわけではないものの,藩領が長く続いた地域では住民の地域的な文化や風習も同質的になったと考えられる。1871 年の廃藩置県後の統合再編が繰り返されたが,旧藩の圏域が現在の都道府県や市町村区域の基本となっていることが多い。近年,「県民性」による都道府県による文化の違いを指摘されることが多いが,幾つかの旧藩の圏域で構成される都道府県については,必ずしも単一的な傾向ではなく,歴史的経緯からの文化の違いが見られることも多い。


④公立トップ高校の通学区域
各都道府県において伝統的な公立トップ高校が各地域に点在しており,戦前の旧制中学校や高等女学校の中でも比較的早い段階で設立された学校に端を発していることが多い。都道府県によって学区が明確に存在する場合や,隣接学区まで通学可能な場合,さらに,学区が存在せずに全県学区となっている場合が考えられる。経験的に各地域の優秀な生徒が集まる学校という見方から,学区の有無に関係なく実質的な生徒の通学区域は,通学の便,親の考え方,生活圏,文化圏,旧制中学の範囲等の様々な要素が反映されていると捉え,一つの圏域として見ることができる。
ただし,学区が明確に規定されていない都道府県においては,生徒自身や彼らを取り巻く環境の違いにより,必ずしも圏域が明確に決まらず,複数の圏域に含まれるような重層的な構造となることもありうる。

⑤教育事務所の所管地域
多くの都道府県において,教育委員会事務局(教育庁)の出先機関として教育事務所が設置されている。北海道や京都府等では「教育局」と呼ばれる例もあるが,多くの都道府県では教育事務所と呼ばれている。
小川(2012)によると,「都道府県域内における市町村の行財政能力の脆弱性と行政水準の均等化等への配慮から,都道府県主導の教育行政が要請され,その都道府県教育委員会の管理機能を補完しながら市町村教育委員会への指導・支援等の役割を担っている教育事務所の役割が重視されてきた」とされている。すなわち,都道府県内の幾つかの市町村をまとめた所管地域での教育行政を支える形で,教育事務所は機能している。
どのような地域のまとまりで所管地域を区分しているかは,地域によって事情が異なるが,おおむね一般行政における地方事務所(振興局・支所・出張所等)と区域が重複することも多く,地域特性や歴史的経緯に沿って設定されていると考えられる。このため,教育行政を広域化する上で,比較的イメージしやすい圏域の在り方として捉えることができる。ただし,小川(2012)が指摘するように,以前から教育事務所を設置していない県(滋賀県,奈良県,徳島県)に加えて,都道府県の財政状況悪化を背景とした近年教育事務所の廃止や統合による規模縮小という動きが広がりつつある9。

⑥都市雇用圏
金本・徳岡(2002)によって提案された,通勤移動の側面から見た圏域である。基本的な考え方としては,おおむね DID(人口集中地区)人口が 1 万人以上の市町村を中心都市として設定しており,中心都市への通勤率が 10%以上の市町村を郊外都市として圏域と定義している10。


⑦定住自立圏
総務省が主導して地方都市及びその周辺地域への人口定住を促進する政策として,2009年に導入された圏域である。人口 5 万人程度以上で昼夜間人口比率が 1 以上の中心市と,経済社会文化又は住民生活等において密接な関係を有する周辺市町村が定住自立圏形成協定を締結することで圏域が成立している。さらに,定住自立圏共生ビジョンを中心市が策定することで財政措置が講じられている。主に,社会インフラの共同利用等を目的として圏域が形成されている。


⑧鉄道沿線や高速道路等の交通網による圏域
古くから街道沿いには,その利便性から街ができやすく,近年でも,高速道路や幹線道路の周辺に街ができることが多い。道路を介した人の移動や物の輸送により都市間の交流が生まれて,地域としてのまとまりである圏域ができていく。これは鉄道沿線でも同様で,戦前期から鉄道会社主導での宅地開発も多くなされていたとされる。本報告書の後段でも紹介する埼玉県においては,交通網の流れに沿った地域で区分して地域事務所を設置しているように,一般的な行政面でも交通網による都市間のつながりによる圏域を重視しているケースも見られる。


⑨衆議院選挙における小選挙区地域
衆議院選挙の小選挙区の区割りについては,法令上「各選挙区の人口の均衡を図り,各選挙区の人口(官報で公示された最近の国勢調査又はこれに準ずる全国的な人口調査の結果による人口を言う。以下同じ。)のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た数が二以上とならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならない」11と定められている。人口が特に集中する大都市圏においては,市区町村を分割した選挙区が設定されることもあるが,一般的には幾つかの市区町村がまとまって一つの選挙区となることが多い。近
年は都市部への人口集中によって区割り変更が行われていることで,上記のように市区町村が分割されるケースや,市区町村の有権者数の関係で地元の人々の感覚からは不自然な区割りとなるケースも見られるが,おおむねある程度の地域のまとまりによる圏域となっていることが多い


2.2 圏域の捉え方に関する整理
前項で例示したそれぞれの圏域の定義については,濃淡の差はあるものの,地理的,歴史的,経済的な背景がそれぞれに含まれていると指摘できる。例えば,①に示した流域圏は地理的背景が強い圏域として捉えられるが,相対的には弱いながらも歴史的背景や経済的背景も併せ持つと考えられる。
このことは,例示した概念的な圏域定義だけではなく,具体的な圏域を考える場合も同様である。それぞれの圏域では地理的,歴史的,経済的背景が多少なりとも備わっているものだが,圏域によってそれぞれの背景の強弱は異なる。例えば,東京圏では経済的背景が濃く,京都やその近郊では歴史的背景が濃くなると考えられるが,言うまでもなく指摘した以外の 2 背景にも立脚した圏域としても捉えられる。
圏域には既に挙げた三つの背景が含まれるが,今後の教育行政の圏域を考える上では,特にどの背景を注目すべきだろうか。あえて一つに絞るならば,経済的背景に注目すべきではないだろうか。なぜなら,教育行政の中でも特に中心となる義務教育を受ける子供たちには保護者の存在が前提となっており,その保護者たちには生計を支えるための仕事が不可欠となるからである。このように,日常生活の側面から圏域を考えると,どの圏域においても今後は経済的背景がより強固であることが求められるため,教育行政面においても経済的背景は無視できない


第 4 章 社会教育による学校教育活動の代替に向けての可能性の検討
-学校・家庭・地域の連携協力の現状から見えてくるもの-
国立教育政策研究所 笹井 宏益
概要
社会教育の本質的特徴とは,制度上「学校教育以外の組織的な教育活動」と規定されているように,その内容や範囲を制度的に画定することが困難な点にある。言い換えれば,社会教育とは「実際に行われる営み」であり,いわば機能的で現場性の強い概念といえる。もちろん,社会教育法をはじめ社会教育に関する幾つかの法令は存在するものの,それらは,社会教育という営みをどのように援助し他の統治機能と調和させるか,という点に焦点を当てた,社会教育行政の在り方についての枠組みを示したものであり,社会教育の内容や範囲等を画定するものとはなっていない。
他方,学校教育は,制度によって創出されることを本質的特徴としており,制度によって認定されたリソース(教員,教科書,学校図書,施設・設備など)のみが教育活動を構成する要素とされている。いうなれば,学校教育という制度の中で,地域住民によるボランタリーな実践活動,すなわち,住民の社会教育活動が,どこまで学校教育を構成するリソースを共有し,それらによって構成される教育活動に取って代われるか,が本稿の基本的な視座となる。


本稿では,こうした視座の下に,いわゆる「学校・家庭・地域の連携協力」の実態を分析し,学校教育との関係を考察した。その結果,現状では,学校の教育機能を補完する形での社会教育活動(学校・家庭・地域の連携協力活動)は,正規の教育課程以外の教育活動を中心に展開しており,正規の教育課程の教育活動に入り込むことは,幾つかのハードルがありなかなか難しい状況にあることが明らかになった。これを踏まえ,今後は,人口減少地域を個別に取り上げ,そうした可能性を個々具体的に検討していくことが求められよう。
なお,人口減少地域において学校教育を維持する上で教員の確保や教員への財政的な負担が大きな問題となることを考えると,「教員」というリソースを社会人(地域住民など)によって代替していくことも有意義であり,その実態把握とそこでの課題抽出も,今後の検討課題といえる。


1. はじめに
本稿の目的は,人口減少地域における学校が,学校教育としての役割・機能を維持していく上で,社会教育という機能の一部をどこまで取り込むことができるか,という問題意識を基本に,現在,多くの地域で進展している学校・家庭・地域の連携協力の実態等を,機能的な観点から分析・検討しようとするものである。そうした検討プロセスにおいて,そこでの取組が,どこまで普遍性をもち一般化し得るのか,人口減少地域における教育の状況を念頭におきつつ,併せて考察するものである。

2. 社会教育の特質
はじめに「社会教育」というものの概念について説明をしておきたい。もともと「社会教育」という概念は,抽象的かつ多義的であり,平成の時代に入って「生涯学習」という概念が広まってくると,両者の概念の不明確さゆえに,少なからぬ教育現場で混乱が生じている。この「不明確さ」は,社会教育に係る様々な説明(概念規定)が存在することに加えて,制度上の概念規定の仕方にも由来している。すなわち,1949 年に制定された社会教育法では,その第 2 条において,次のように定義している。
(社会教育の定義)
第 2 条 この法律で「社会教育」とは,学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に基き,学校の教育課程として行われる教育活動を除き,主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動(体育及びレクリエーションの活動を含む。)をいう。

これを読むとわかるとおり,この条文は,次の三つの要件に当てはまる活動を「社会教育」と定義しているのである(カッコ内の言葉はそれぞれの内容を要約したキーワード)。
① 学校の教育課程として行われる教育活動ではないこと(学校外性)
② 主として青少年及び成人に対して行われる組織的な活動(組織性)
③ 主として青少年及び成人に対して行われる教育活動(教育性)
ここでのキーワードは,「学校外性」「組織性」「教育性」という

ここでのキーワードは,「学校外性」「組織性」「教育性」ということであり,社会教育の制度上の定義は,欧米で用いられるノンフォーマル教育(Non-Formal Education)の概念とほぼ同じである。こうした制度上の定義を前提とする限り,「社会教育」と「学校教育」とは,論理的には全く重なる余地がない。
また,その内容も,制度的に画定されているわけではない。「社会教育」には,公民館等での講座に加えて,例えば,企業等による研修会の開催やイベントの実施,さらには,民間の非営利団体による職業訓練なども含まれることになる。いうなれば,社会教育には,多種多様な活動類型があり,それぞれの活動類型も方法や形態の違いにより,更に幾つかのパターンに分けることができ,それは無限の広がりをもつといっても過言ではない。こうした社会教育の多様さ/広がりは,主として,前述の社会教育法上の定義のあいまいさ/幅広さに起因するものであり,こうした特質は,それぞれの学習者の意図に基づく「自由な学習」を体現している点で好ましいものである。しかしながら,その反面,人々が社会に参加して学習しようという意欲や関心をもつことを活動の前提としている点で,社会教育行政を行う側にしてみれば,学校教育行政とは異なった対応言い換えれば,強制や規制ではない対応が求められることになる。
いうなれば,現行の社会教育法の定義に基づく限り,社会教育の目的・内容・形態等は,制度によって画定されるのではなく,活動(実践)そのものに着目し評価することで初めて明らかにされることになる。ここでは,制度ではなく,個別具体の「人の営み」が重要になるのである。
こうした社会教育の機能的性格は,活動の場所,教材,使用するメディア,講師,学習支援者(コーディネーター等)といったような,教育活動を構成するリソース(資源)の多様性を生み,それらを一つの活動として収斂させ統合するボランタリーな「人」の役割をクローズアップする。学校教育においては,そうした資源は,制度上,基本的に一義的に決められており,それらの教育活動における意義・内容・使用方法等も確定されていることを考えれば,社会教育を創出する上での「人」の役割や重要性は明らか大きい。


3.学校教育と社会教育との相違
さて,既に制度概念としては「社会教育」と「学校教育」とは全く重なる余地がない旨述べたが,もう少し両者の違いをみてみよう。
下表は,学校教育と社会教育との相違について,それぞれ理念的に特徴的な点をまとめ,表として記述したものである。いうまでもなく,実際には,こうした理念的な整理だけでは説明しきれるものでなく,様々なバリエーションがあることを踏まえた上で,あえてモデル的に表にしてみると,次のとおりである。


表1 学校教育と社会教育との相違
学校教育 社会教育
①存在意義/任務
◇正義や道徳,真理などの普遍的な価値を次世代
に伝える(普遍的価値の伝授)
◇学齢期の子供は学校に行かせなければならない
(義務的性格)
◇すべての子供に平等に教育の機会を与え,同一
の内容・方法・レベルで実施しなければならな
い(機会均等原則)
◇国家社会の発展に有為な人材を育てるためとい
う性格が強い(国家志向/社会志向)
◆一人一人の生活を豊かにするため,生活上の課題
の解決や自己実現を促す(課題解決志向)
◆個人や団体がやりたいことを好きな時間・場所で
自由なペースで学習する(学習の自由)
◆地域という生活の場で課題を発見・共有し,学習
による解決を目指して実践する(実践志向)
◆人々の生活の場である地域を創っていくための人
づくりという性格が強い(地域志向/自治志向)
②組織の位置と性格
◇公立学校は行政機関の一部であり,その職員は
公務員という身分をもち,教育委員会の管轄下
におかれる
◆活動の主体は,住民自身やグループやサークル(基
本的には行政からコントロールされない)
③教育の基本的な形
◇フルタイムが原則
◇学校という機関において行われる
◇原則として教室という空間を利用
◇原則として年齢・学習能力・経験などが同質的
な集団において行われる
◆パートタイムが多い
◆個人やグループが自由に形を決める
◆どのような場でも行うことができる
◆多様な年齢,職業,能力,経験等をもつ異質な集
団の中で行われることが多い
④学習する者(教育の対象者)
◇学齢期の子供 ◆子供から大人まですべての国民
⑤教育や学習の内容を決定する手続
◇文部科学大臣が関係者の意見を聴き,学習指導
要領(教育課程基準)という形で決定する
◆何をどう学ぶかは学習者の自由
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⑥学習の特色
◇普遍的価値のある知見を体系的に学ぶ
(講義方式が主流)
◆個別のテーマ(課題)を抽出・提示し,その解決を
目指して学ぶ(問題解決型学習)
◆ワークショップ,フィールドワーク,事例研究な
どを活用(参加型学習)
⑦教育の方法
◇授業のプロである教師から指導を受ける
◆どのような方法で学ぶかは学習者の自由
◆見たり聞いたり,交流したり,話し合ったり,共
同で作業したりすることも重要な方法
⑧専門職の役割
◇教員免許の有資格者が,学習指導要領等を理解
し,専門知識を踏まえ教科指導や生徒指導を行
う(教師)
◆学習者の意欲を高めたり活動を働きかけたりする
(ファシリテーター)
◆他の住民と調整したり,関係者同士をつなげたり
する(コーディネーター)
◆学習者に情報を提供したり学習者からの相談にの
ったりする(アドバイザー)
◆講座などの事業の企画をする(プランナー)
⑨教育を構成する資源(リソース)
◇教室,黒板,教科書,参考書,教師など
(どこの国・地域でも共通)
◆会議室,集会室,テーブル,本・資料,テレビ,
インターネット,学習支援者,他の学習者など
(多種多様でそれぞれの活動によって異なる)
⑩教育活動に対する評価方法
◇一定の基準に基づき活動の成果を評価
(基準的評価)
◆活動成果の発表会を開催(奨励的評価)
◆出席率などで学習の過程を評価(奨励的評価)
◆資格取得や検定の結果で評価(基準的評価)


このように対比させてみると,学校教育と社会教育は,多くの面で異なる性格をもっていることが理解されよう。いやむしろ,正反対の性格をもっている,といっても過言ではない。
そうすると,総体として学校教育を社会教育で代替することはかなり難しく,前述の社会教育の機能的性格と併せて考えると,学校教育という営みを社会教育的な「機能」によって代替することができるかどうかということが,重要な論点となる。この場合,こうした機能が「人」によって創出されることを考えると,学校において,地域住民や保護者によるボランティア活動の現状や課題について,分析する必要が生じてくるのである。


4.学校・家庭・地域の連携協力の現状とその人口減少地域への援用
平成 18 年に改正された教育基本法の第 2 章第 13 条において,「学校,家庭及び地域住民その他の関係者は,教育におけるそれぞれの役割と責任を自覚するとともに,相互の連携及び協力に努めるものとする」という条文が盛り込まれ,いわゆる「学校・家庭・地域の連携協力」の必要性が制度化された。これを受け,平成 20 年には社会教育法も改正され,その第 3 条において,「社会教育が学校教育及び家庭教育との密接な関連性を有することに鑑み,学校教育との連携の確保に努め,及び家庭教育の向上に資することとなるよう必要な配慮をするとともに,学校,家庭及び地域住民その他の関係者相互間の連携及び協力の促進に資することとなるよう努める」ことが,国及び地方公共団体の任務となった。このような制度改正が行われた背景には,次に掲げるような問題意識があるものと考えられる。


ア)「生きる力」の育成を図ることの必要性
これまで中教審をはじめ各方面で,子供の「生きる力」の育成にとって家庭や地域での諸活動が重要であるとの認識が示されてきており,家庭や地域が一定の教育機能をもち,かつそれら連携協力が,その育成にとって不可欠なものであること強調されてきた。こうした「生きる力」の育成が必要だという認識は,1990 年代から現在に至るまで,学校・家庭・地域の連携協力の基本的な問題意識を構成している。


イ) 教員の負担軽減の必要性
現代の日本社会において連携協力が必要な理由の一つとして,教員をめぐる状況が挙げられよう。現在,学校の教員は多忙を極め,教科指導や生徒指導に精力を注げなくなっている。また,保護者との行き違いもしばしば見られるようになっており,第三者の協力の下で,教員の負担を軽減させることが求められるようになっている。


ウ) ボランティア活動を学校の活動の中に導入することの重要性
他方,学校・家庭・地域の連携協力を実現する上での十分条件として,ボランティア活動や市民活動の興隆が挙げられよう。阪神淡路大震災以降,ボランティア活動への関心は急速に高まり続けており,地域においても,何らかの形で社会貢献につながる活動をしたいと考える人たちが多くなっている。中でも,「子供の成長」をテーマとして活動したいという人たちは少なくなく,学校が,いわばボランティア活動の場として捉えられている。一つの例を挙げよう。横浜市立幸ヶ谷小学校は,同市神奈川区の横浜駅東側の再開発地区に所在する。ここでは,学校地域コーディネーターが中心になり,地域のボランティアを集め,保護者・地域・学校が一体となり子供を育てていくための「共育倶楽部」を設立して,子供たちをサポートするための様々な活動を展開している。活動は,「読書部門」「学習サポート部門」「安全見守り部門」「栽培緑化部門」という 4 部門で構成され,登録されたボランティア,すなわち共育倶楽部のメンバーが,自らの興味関心や学校側からの要請
に従って,各部門に属する活動を展開している。この学校には,学校支援地域本部はおかれていないが,共育倶楽部がそれに相当する組織として,学校支援ボランティアと学校とを結び付け,様々なコーディネーションを行っている。校内には,学校地域コーディネーターやボランティアが集うための部屋が用意されており,地域のボランティアや PTA の人たち,さらには学校の教員が気軽に出入りして,情報交換ができるようになっている。この例からわかるように,「学校・家庭・地域の連携協力」には幾つの活動タイプがあ
り,それらは学校や地域の実情によって決められる。また,学校支援ボランティアの導入は,学校教育に係る制度上の権限や責任の所在を変更することなく,機能的な側面から教育活動の一部を代替するものであり,補完的な性格をもつものである。横浜市教育委員会が数年にわたって市内の学校の連携協力の状況等を調査しまとめた報告書(「学校地域コーディネーター養成講座報告書」)をもとに,そこでの活動類型を整理してみると,表2のようにまとめられる。

表2 学校・家庭・地域の連携協力の諸類型
類型 具体例
A:正規の教育課程の
活動として行われ
るもの
・社会科の授業において戦争体験や職業体験など自らの経験談を語る
・家庭科の授業において裁縫や料理実習の手伝いをする
・音楽の授業において器楽演奏の指導の補助をする
・理科の実験・実習において準備や後片付けなどを行う
B:A以外の教育活動
として行われるも

・中学校の部活動においてスポーツや文化活動の指導の補助をする
・図書室で児童に読み聞かせを行う
・破損した図書の製本を行う
・放課後に校庭で児童といっしょに遊ぶ
C:教育活動を進める
上での条件整備に
関するもの
・防犯パトロールを行う
・校庭の草取りや植栽を行う
・校舎の壁や天井の修理を行う
・地域の祭り(イベント)の準備などを児童・生徒といっしょに行う
注:横浜市教育委員会「学校・地域コーディネーター養成講座報告書」(平成 20 年度~24 年度)
に掲載されている事例をもとに笹井が作成。
この表をみてわかるように,「学校・家庭・地域の連携協力」における活動の類型,すなわち,学校支援ボランティアの活動タイプには大きく三つのタイプがあり,各事例を量的に分析してみると,B又はCのタイプがしばしば行われており,Aのタイプはまれにしか行われていない。その理由としては,①担当教師が全面的に責任を負う授業等で地域住民にボランティア活動をしてもらうためには教師とボランティアとの間に強固な信頼関係が必要となる,②教科指導や生徒指導の補完をしてもらう場合には児童生徒のプライバシー保護の問題が生じることがある,③正規の教育課程に関わる活動ではボランティア活動に専門的な知見が求められることがある,ということが考えられる。
ところで,文部科学省の「土曜授業に関する検討チーム」は,平成 25 年 9 月,最終のまとめを公表した。そこでは,「土曜日において,子供たちに,学校における授業や地域における多様な学習や体験活動の機会などこれまで以上に豊かな教育環境を提供し,その成長を支えることができるよう,学校,家庭,地域のすべての大人が連携し,役割分担しながら取組を充実する必要があること」を基本的な趣旨として,「学校において子供たちに土
曜日における充実した学習機会を提供する方策の一つとして土曜授業を捉え,まずは,設置者の判断により,これまで以上に土曜授業に取り組みやすくなるよう」措置を講じることの重要性を強調している。この最終まとめには,次に掲げるとおり,全国の公立の小中学校における学校・家庭・地域の連携協力状況に関するデータ(平成 24 年度の実績)が添付されている。
このうち,土曜日に,学校が主体となって,あるいは学校以外の保護者・地域住民等が主体となって,実施した児童生徒に対する学習機会の提供数を,学習機会の提供主体ごとにみてみると,表3のとおりである。