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Fluent

国の、男女に隔たりを造る壁の上に立って、
波立つ争いの真っただ中を通過することが
どれほどの恐怖だろうか。
生まれた土地のルールに抗えず苦悶することが、
どれほど苦しいと感じるのだろうか。
いつしか、性という存在を、
自由なものにすることが出来るのだろうか。

肌の見え隠れするドレスを着る私が、
この世界で醜く思われるのであれば、それでいい。

「ねえ、今どんな気分なの?」
あと少しで彼女は、
私の手の届かない場所に行ってしまう。
白いドレスが2階の窓際で、靡くこともない。
ただひっそりと、
外の光を彼女は楽しんでいるように見える。

「ねえ、応えて。こっちを見て。」
振り向こうとしないのはきっと、
彼女は知っているからだろう。
同じ世界にいて、同じ空気の世界を歩く。
その時間がまたいつかあることを信じて
ここを去ることを。
今は、言葉にするほど、振り向くこと程
寂しさを感じることは無いのだろう。

肩が上下している。
彼女ではなく、私の残像がそこに見える。
彼女がいなくなった部屋で
同じ窓の外を見ながら、考えるだろう。
空は夕暮れで赤白黄色の
グラデーションで染め上がる。
太陽は、とても温かで、
彼女はその温度を楽しんだだろう。
窓の外に手を伸ばしてみると、
祝福の雨が降ってきた。
微笑む彼女の残像が見える。
その雨は、私の両手の器に飲み水を創る。
右手の溜まった水を彼女に差し出す。
私は彼女を見ないように
左手に持った水を飲み干そうとする。
私は、飲み干そうとするのだ。

震えが止まらない。

彼女の世界は、
この片手から零れ落ちていく雨のように。
私は飲み干すことの出来なかった、
左手から消えた雨のように。
別々の泉がそこにあり、
一日いちにちゆっくりと溜まっていく。
この国の世界にまだ、私たちは抗うこと出来ない。

それでも私たちは、
この泉はこの窓から見える
広大な海の一部になることを信じている。
お互いに、望んでいることを願う。
いつしかこの水を全身に浴びるほどの自由が、
この国にあらんことを。

fin.

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