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海。

海が近い。
そんな夢をいつから見るようになったのだろう。
島が近い。
そんな日常をいつから求めるようになったのだろう。
疲れているのだろうか。
都会の刺激に飽き飽きしているのだろうか。
いや、僕にとって、その刺激が必要なこともある。
それは、間違いなく、必要なプロセスだ。
なら、どうして、こんなにも海を求めているのだろうか。

「ねえ、ここの海キレイでしょ?」
はにかむ少女が言う。
その声が遠くにあるような近くにあるような感覚に陥った。日が暮れる手前の海というのが一番好きだ。
叙情的というのだろうか。
心の疲れ、つっかえ、会話、全てが優しく感じてくる。
この少女の声のように穏やかに。

海際の砂浜に座ると、貝殻を探したくなる。
穴が開いている場所を何が喰ったのだろうか、
白い巻貝から海の音が聴こえるのだろうか。
耳を澄ませる。
今は海が近すぎて聴こえてはこないけれど。
きっとこの行為を身体が覚えているからだろう。
これを持ち帰って、明日の朝、
起き上がる少し前に同じことをしてみよう。
目を瞑ればこの海を思い出して、
この音が澄み渡ることだろう。

「海にいるとね、蟹が出てくるのよ。
ヤドカリだって沢山いるのよ。
何回も家に持ち帰ろうと思ったんだけど、
何だか可哀想になって出来ないの。
どうしてかなあ、お兄さんはやったことある?」
彼女はヤドカリをツンっとつついては僕に笑いかける。
あるよ、なんでだろうね、
ここにいる方が幸せなんじゃないかって
思うんじゃないかな。
ぼくらに家があるように、動物の家はこの砂浜だし。
「そうだよねえ、君たちはここがお家だもんね。
私のおうちには海が無いし、
お友達もあたしだけじゃ物足りないかもしれないね。
でも、ここではお友達でいてね。」
ヤドカリを砂ごと持ち上げると、
彼か彼女かわからないけれど、
その砂に潜りこんで身を隠そうとする姿が可愛らしい。
人も同じように、
自分に危険を感じれば、
その物事をシャットダウンしたくなることはあるだろう。
今までの会話も。感情も。
何もかもを忘れてみる時間を欲するのかもしれない。

「ごめんなさい、お邪魔してしまって。」
いえ、一人でいるより楽しかったので。
僕は、迎えに来た彼女のお母さんにそう言った。
太陽が落ちた海の上に月が浮かび、
その向こう側には、
いくつもの島々がぼやっと黒く浮かび上がっている。

「ママ、このお兄さんとっても優しいのよ。
あたしみたいにヤドカリとか持ち帰ったら
可哀想なのかもって。」
本当は小さい頃少しだけ
家に持ち帰ったことがあるのだけれど、
今こうやって大人になると、
自然の中に生きる動物を、
何でも持ち帰るものでは無いのかもしれないなあ。
自然を訪れる度にそう感じることが多くなった。
家や家族、友達から引き離されること程
つらいことはないだろう。
生きている全てに共通するものだ。
ただ、自然に生きることだけが
幸せかといえばそうではないだろう。
幸せに生きられる場所を選択することや、
与えてあげること。
それも時にはあるべきことでもある。
幸せそうな顔は、
どの動物にもどの植物にも、物にも、
大切にされていれば見えるものだと、そう思う。

今日も一日が終わる。
彼女はじゃあねーっと言って、
おかあさんと手を繋いで家に戻っていった。
風が冷たくなってきた。
そろそろ夏も終わり、秋の訪れが時期にくるのだろう。
家に帰ったら一冊本でも読んでみよう。
彼女の声は海の音のように溶け込んでいた。
そんな優しい言葉のほんを読みたくなってきた。
結局僕は人間としてここに座っていることを理解する。
自然界の動物たちもきっと言葉を持っていて、
それが文字として存在する未来が、
いつかあるのかもしれない。

明日の為に、一つ貝殻を持って帰ろう。
朝の眠たい一日が少し穏やかになりますように。

fin.

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