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感情。

秋近くの風は少し乾いていて涼しい。
車は新潟の道路をひた走っている。
稲穂がそよそよと揺らぎ、
サーっと心地いい音に包まれる。
スキー場の近くの旅館の数々は、
角のない丸っこい形状をしている。
農家の木造建築が等間隔に立ち並んでいる。
稲穂の平野が広がる家の傍には、ツンとした、
まるでクリームを絞った後のてっぺんのような。
そんな形状の倉庫が可愛らしく感じられる。

トンネルに入って、仮眠を取ることにした。
あれは、
高速道路を照らすいくつもの電灯を通り過ぎるたびに
見えていたものなのだろう。
本当はなんだったのかを
確かめたいとも思ったけれど、
あまりにも入り込む感覚に
私は目を開けることを我慢する。
曲の音が徐々に大きくなり、
光の鼓動が速くなり、その後。
それを幻想のままにしたい。
この感情を忘れられずにいる。
少しだけでいいから、この時間を楽しみたい。
それだけなのだろう。

本能的には、
黒いキャンバスを真っ赤に染め上げる、
情熱の沸き出る熱のある曲を求めている。
自分に内なる影響力があるとしたら、
そんな力を持つことは、とても悲しい。
誰にも表現出来ない世界を持つことは、
他の誰にも真似できないことであるけれど、
時々孤独になるだろうと思うと、
ふと悲しく感じる日があるだろう。

感じ方は人それぞれだ。
そう理解していても。
傷つくのは、いつになっても怖い。
言葉から、行動から。
意味のない中傷を受け入れられるほど
人は強くないものだ。
これは、この先も続いてしまう、
1つのどこともわからない
怒りや、退屈な生活に対する
ひとつの遊びなのだろう。

母の洋服タンスに耳を当てる。
誰かの身体のラインに触れて撫でるように、
わたしは、冷たいその扉に自らを寄せていく。
何十年と時を重ねたこの中に、
どのくらいのものをしまってきたのだろうか。
悲しみは一生消えないけれど、
母は幸せなのだろうかとも思うけれど。
きっと、笑ってくれるに違いない。
そんな最期の理想を立てることにする。

未来を理想で形作るのは、とても難しい。
できるのは一部の人間であって、
大多数の人々は、
本当はこうでありたいという理想を持ったまま、
今を生き続けていることだろう。
悲しいけれど、
叶えることを受け入れてもらえる者と
そうでない者がいることで、
社会は成り立っている。
職業的に、宗教的に、男であるから、女であるから。
理由は限りなくあるけれど、現実だろう。

何よりも選択できないのは、
自分の幸せと、他の人の幸せだ。
どちらかを選ぶことは、とても難しい。
刺激をもらうのはいつでも、
その人の歩んでいるレールにぶつかってみることで、
その感情に、
その求めてもたどり着くことの無い
理想の姿に恋焦がれることで、
自分の心に安心できる空間を確立する。
それを奪われるのは、悲しい。
自分ではなくなってしまうのなら、
選択せずまだ一人を選ぶ方がましだ。
そう思ってしまう日がある。

それでも常に、
どうしたら理想に追いついて、
自分自身の知らない間に求めていたものを
手に入れることが出来るのだろうと模索する。
自分の知らないことがそこにあるのなら、
感情のままに、そこへ行く。
その場所にはきっと、理想の1つが見つかる。
誰にも手に入れられない自分が、
そこにいると信じている。

fin.

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