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#note映画部

『トゥー・ダスト』

妻の死をきっかけに遺体の腐敗していく過程を追うユダヤ教徒のシュムエル。

想像上でしか語り得ないこと、それはしばしば不安を想起させるけど、それに対して現実の観察という科学的な手法が時には人の悲しみを和らげるのかもしれない。

『ショーシャンクの空に』

アンディーではなくレッドが語り部であるのがいい。原作を読むと、これはレッドの物語なんだと実感する。アンディーこそ、レッドの心の奥底にあった、看守たちでさえ捕えることができなかった自由そのものだったんだと。

『トラストミー』ハル・ハートリー

歪んだ愛を持つ親の元で育った二人が、愛より尊いRespectやAdmirationを重んじる。でもそれはそれで危ないのかもしれない。

『ヘンリー・フール』に続けて『フェイ・グリム』。

サイモンの詩が店のカウンターやインターネットに貼られて、恐らくその詩が持つ「本当の」力以上に世間が勝手に騒いでいた前作と相似して、ある男の『告白』という文章があずかり知らない所で増殖に増殖を重ねて世界全体を揺るがしていく。

『フィッシュストーリー』

「音楽は世界を救う」と言う人たちとは違う仕方である歌が世界を救う。より実際的に。その歌の元になった本も、本来の意味と取り違えた和訳で…。
本来の意図とは異なる形で別の領域が生まれてる。その連続で今が作られているんだなって。

高良健吾がとても良かった。

『横道世之介』

最後、世之介の死後に母親が祥子に宛てた手紙が朗読される一方で、穏やかな春の日にカメラを持って坂道を走っていく世之介が移されているのが印象的だった。

映像の世之介は未来に向かって突き進んでいるように見えるのにもうその未来は決定づけられているというか。

『ラースと、その彼女』
ラブドールを彼女だと思い込んでいるラースの妄想を解かずに、その延長線上で内面的な問題に向き合う姿勢がすごく良かった。

妄想とまでは行かなくても現実の人だって少なからず自分の世界は作り上げていて、それをなるべく否定せずに交わることってすごく大切だと思った。

『アニーホール』

2人の最初の会話シーンがとても好き。

「テニス上手だね」と言われて反射的に「あなたもね」と返してしまう自分に落胆するアニー。車を持っているのに、さもアルビーの車に乗りたいかのように車があるか聞くアニーを不思議に思うアルビー。

2人の相性のよさが伺える。

『ラースと、その彼女』

自分の内側では語ることができない問題を、ラブドールとの会話を通して探っていく。自分自身を他者にしてそれに向けて話す。

『パルプ・フィクション』

重要なキャラが次の話であっさり死ぬ。さっきまでは主役でも別の軸ではただの脇キャラ。

一度ストーリーが完結したあとで、そういえば的なノリで話が前に巻き戻る。途中の話を、補足情報として観てる側は知る。

2人にとっては文字通り朝飯前の出来ごとだったのか。

『12 years a slave』

邦題『それでも夜は明ける』があまり好きじゃなくて観たことなかったけど、いい映画だった。

自分が感じた映画のスタンスと、邦題が表現しようとしているものとの間にギャップを感じてしまう。

ノンフィクションに付加価値を与えることに慎重になる。