キッチンタイマーの音にせっつかれて

昔々、それはもう私がまだ無垢で純粋で何でも出来ると錯覚していた時のこと。
そろばん教室に通っていたことがある。

何で今更そろばんやったのか母に聞いたら、「あんたは運動は出来んやろうからせめて暗算だけでも速くしといてあげよと思って」と言われた。仰る通り、運動はさっぱりだったけど、計算はそこそこ速かった覚えがある。そろばんの大会を兼ねた合宿にも参加して、団体で何か賞をもらった記憶もある。今はもう「電卓」という文明の利器を知ってしまったので計算速度は激遅になったけども。

そのそろばん教室には、下は10級から上は3段まで、幅広い実力の人たちがごっちゃになってた。そろばんは、試験に合格したら級が上がる。その試験の制限時間が、級によって違う。だからそのそろばん教室では、ほぼひっきりなしにタイマーの音が鳴り響いていた。一つタイマーを止める度に、先生が「〇分の人終わり」と教えてくれる仕組み。

そろばん教室を辞めて、おそらくもう10年くらい経つ。それでもまだ、タイマーの音が怖い。
ぴぴぴぴ、っていう無機質な音の後に、「〇分の人終わり」が聞こえてくるんじゃないかと思って無意識に体がこわばる。きっともうそろばん教室に通っていた年数より、辞めてからの年数の方が長い。でもやっぱりタイマーの音に慣れない。

iPhoneのタイマー、音が色々あるからめちゃくちゃ助かる。私が怖いのは、よく百均とかで売ってるような、一番シンプルなキッチンタイマーの音。あいつがもう怖くて怖くてしゃない。別にそのそろばん教室の先生がめちゃくちゃ怖かったわけでもないし、いじめられてたわけでもない。でもめちゃくちゃ怖い。

ちっちゃい頃からプライドが高かったもんで、同じ時期に入った同級生が自分より早く級が上がっていくのが怖かったのはある。自分だけが取り残されていく感覚。焦燥感。あの頃からずっと、人と比べて生きてきてる。駄目だとは思いつつ、過去の自分と今の自分を比べるやり方を知らんから、いつも比べるのは他人。よくないよねえ。

 このタイマーの音が怖いと思わなくなれば、もうちょっとポジティブな人間になれる気がする。朝の目覚まし、キッチンタイマーの音にしようかいな。また別の意味で怖くなりそうやな。

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