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浜の町アーケード

私が子供の頃、長崎市内のお買い物といえば浜の町アーケードだった。浜屋やS東美という百貨店や個人商店などで賑わっている繁華街で、長崎市民が「街まで行ってくっけん」と言えばここに行くことを指す。もしくはそれが夜の場合は地続きにある銅座、思案橋という飲み屋街に行くという意味でもある。

私が住んでいた実家は山の上の田舎だったので、いつもバスに乗って浜の町の歯医者さんまで通っていた。帰りに近くのポンパドウル(パン屋)に寄って、母にラスクを買ってもらうことを楽しみにしていた。無駄遣いはダメと言って細かく家計簿をつける母だったが、当時は歯医者が泣くほど嫌いだったからパン屋で私を釣っていたんだと思う。

ここのラスクはフランスパンの上にアーモンドスライスが乗っていて、そこに溶けたキャラメルがかかってキラキラとしていた。当時の私にとってそれが都会の味だった。こればかり食べて歯磨きも適当だったのではたして虫歯を治療しに行ってるのか作りに行っているのかわからなかった。

中学生になった頃、大波止という五島列島や軍艦島などに行く船のターミナルがあるところに夢彩都ゆめさいとという大きな商業施設ができた。この夢彩都の1階にスターバックスコーヒーが長崎初出店したことで、ナウでヤングな若者たちはみんな夢彩都に集まるようになった。

私も例に漏れず、オープン時に友達と夢彩都のスタバに行った。オシャレスポットにはオシャレな人間が行かねばならぬ。私はPICOというブランドの勾玉がデザインされたTシャツを着て高い椅子に足をぶらぶらさせながらキャラメルマキアートを飲んだ。一緒に行った友達のTシャツは黒い無地かと思ったら、背中に大きく「一撃」と筆文字で書かれていた。我々はとてもかっこよかった。

それからすぐに今度は長崎駅にアミュプラザ長崎という商業施設もできた。ここにはなんと映画館がある。これまで浜の町のセントラル劇場という古くて小さな映画館しか行ったことがなかった私は宇宙ステーションに来たみたいだなあと思った。宇宙ステーションに行ったことはないけどとにかくそんなイメージだった。

ここで「スウィングガールズ」という田舎の女子高生がビッグバンドをやるという映画を見に行った時、隣の席が同じ部活の同級生だったことがある。増えてきたとはいえみんな遊びに行く場所が同じすぎるのでお忍びデートなんてできない街だ。一度目撃されると、翌日にはクラス中にだいたい広まってしまう。

こうして遊びに行く先が増えていき、私が大学生になる頃には浜の町アーケードで買い物をする機会はだいぶ少なくなってしまった。本屋なら石丸文行堂ではなくココウォークに大きい蔦屋書店があるし、映画ならセントラル劇場ではなくアミュかココウォークに行くし、リカちゃん通りのピラミッドというゲームセンターで撮っていたプリクラは撮ること自体がなくなったし(そもそもそんなに撮らなかったけど)。用事が1つの建物で終わることと、チェーン店の力って圧倒的に強いんだなと思う。

先日、お盆休みに妻と2億年ぶりに浜の町アーケードを訪れた。騙してごめんなさい。実際は1年ぶりです。目的は「ニットゆきや」という毛糸屋さん。学生の頃何千回も通っていて見向きしたことがなかった洋服屋さんの地下にその店はあった。

壁一面の毛糸。味わい深い商品ラック。手書きの値札も古く、もしかして右から文字を読む?と思ったらちゃんと左から読めた。でも読んだところでヌーボラとかペネレとか私には意味がわからない。女性の店員さんが「この糸はフランスの工場が潰れちゃって~」とかいろいろ細かい情報を明るく教えてくれ、妻がものすごく感動していた。60年以上経営しているお店はやっぱり知識が半端ないな、と思った。

いくつか毛糸を買って、妻とアーケードを歩く。帰る前にせっかくだからBGカフェでコーヒーでも飲んで行こうか、と思って寄ってみたが目的のカフェはもう潰れてインターネットカフェになっていた。

BGカフェが潰れていたので、10億年ぶりにツル茶んでミルクセーキを頼んでみた。

「福山雅治が地元に帰ると食べにくる」と語り継がれる思案橋ラーメンは相変わらずの佇まいで安心した。S東美も潰れてシャッターが下りていたし、もうわかる店の方が少なくなってきたかもしれない。

でも衰退する一方の街かというとそうでもなく、県庁も市役所も公会堂(コンサートホール)もぜーんぶ移転して新しいものができ、長崎市はもう私の知らないきれいな都市になってきている。特に長崎駅に関しては改札丸ごと場所が移動してしまい、もう私は電車の乗り方がわからない。ジャパネットたかたが長崎駅の近くにサッカースタジアムを作っていて、たかた社長は何者なんだと思う。見てくださいこの華麗なボレー!とか今度は言うのか。

もう私が高校生に戻ることがないように、長崎ももう昔には戻らない。少しさみしいなあという思いもありつつ、まあそんなもんだよね〜とも思う。もう一回だけBGカフェの安いコーヒーが飲みたかったな。なんのこだわりもない普通の味という感じで好きだったんだよなあ。

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