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初心なんて忘れよう

最近、食の世界の住人と会うと、もっぱら話題はこの件で持ちきりです。

小林圭さん日本人初三つ星 仏ミシュラン

これ、本当にすごいことです。
業界のSNSは、ちょっとした大騒ぎでした。
日本人シェフが営むパリのフレンチレストランが、
料理の王国フランスでトップオブトップだと認められたんですもん。
対する日本にはまだ、人間国宝(重要無形文化財保持者)に「料理人」というジャンルさえありません(怒)。
ミシュランガイドを生んだフランスには「MOF(国家最優秀職人章)」という制度があり、
これには、料理人だけでなくパン職人やらチョコレート製造者やら、食に関する部門もたくさんあります。

単純に比べちゃいけないのかもしれませんが、
国家を挙げてフードコンシャスな国、フランスの権威ある賞のてっぺんに
日本人シェフが輝いたというのは、やはりすごい。
外国人の寿司職人が人間国宝に選ばれた、に匹敵するようなことだと本気で思います。
小林シェフとは、何度かご一緒させていただいたことがありますが、
いつもフランスへの敬意と自らの仕事への自負を
キラキラ、いや、いい意味でギラギラする眼差しで語る様子が素敵な方です。ますます料理に対してストイックになるんだろうな……。

しかし、今回のミシュランを眺めつつ、
その傍らでもう一つ、気づいたことがあります。

厨房の外に道を見つけるシェフも増えている

という件です。
小林シェフのように10代でこの道に入り、
ただひたすら、はるか遠くにある光を目指して歩む人がいる一方で、
昨今の食の業界では、「厨房に立たなくなったシェフたち」も目立ちます。
ネガティブな考えからではなくポジティブに、
もっと別のやり方で食の世界に関わっていこうとして、自らはコックコートを脱ぐ人が増えているんです。

「Mr.CHEESECAKE」を率いる田村浩二さんもそうですし、
京都で「LURRA°」を営む宮下拓巳さんもそう。
お二人とも、国内外のトップレストランの厨房を経験し、
調理師学校で首席をとったり、栄誉ある賞に輝いたり、
経歴を見ても、「グランメゾン東京」でキムタクのライバルやっててもおかしくないポジションにいらした方々です。

先週、京都で宮下さんとお話する機会があったのですが、
彼の初心がどこにあったのかはさておき、
現在、心を占拠する未来への思いは「トップになる」ではなさそうです。

学生時代に「将来、何を目指すか」を模索し、
ふとしたことから手にした、スペインの鬼才料理人、「エル・ブリ」のフェラン・アドリアのクックブックを見て衝撃を受けた宮下さん。
そこから料理との人生が始まったということですが、
トップレストランの厨房で働くうちに、自身がてっぺんを目指すのではなく
食と世界とをどう繋ぐかとか、そういったところに主眼を置かれるようになったのでしょうね。

田村さんも、ご自身のnoteの中で「ある賞をいただいたことで周りの評価が一気に変わり、そこに自分のアイディンティティーはあるのか?と疑問を持つようになった」というようなことを書かれていました。

***

「人生100年時代」というワードをネットやテレビで見ない日はないというのに、

なぜかそれでも日本人は一本道が好き

です。
「この道一筋60年」というキャッチフレーズと共に紹介される80代の職人さん、みたいな映像をよく見ますが、
人生100年時代、今後は「この道一筋90年」ぐらい言えないと
「すごい!」の評価はもらえなくなるんでしょうか。

私自身は、要所要所で自分の立ち位置や夢を再確認しつつ、
いろんなことを同時進行で頑張るのも素敵だと思います。
てんでバラバラなことばかりやっているように見える人なのに、
ある日気づけば、ずっとその根本に地方産業再生とか、動物愛護とか、
何か一本通じるものがあったりするのも、クールなのではないかと。

次々に面白い発想を世に提案してくれる、そんな料理人が登場すれば
食の業界はもっと愛すべきダイバーシティーワールドになるのではないでしょうか。
そのためには、

初心なんて、忘れてもいいんじゃない?

と思うわけです。

ちなみに、冒頭の小林圭シェフは
「いろんな宝石があるけれど、自分はダイヤモンドしか目指さない。
ダイヤモンドの輝きは他では代用できないから、そこを目指すしかない」

とおっしゃっていました。

カッコ良すぎる……。
シェフにとっての初心が何だったのか、いつか伺ってみたくてたまりません。
常に気持ちに磨きをかけ、ブレないでいられるというのは、まるでイチロー選手のようです。

初心なんて忘れてもいい。
でも、初心を忘れない人への敬意は、忘れない。

年末から続く華やかな料理コンペティションのニュースを見ながら
「初心」について考えてみました。

#料理 #COMEMO #ミシュラン


フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。