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シェフに聞く「休業か継続か」

最悪の状態にも、まだまだ底があるんだなと気づかされる毎日です。
みなさんも似たような状況をお過ごしではないでしょうか。

今週、私にとっての悲しいことといえば、

レストランの予約キャンセル

でした。それも2軒も。

過日発表となった「アジアのベストレストラン50」で、今年も日本勢トップとなった神宮前の和食店「」と、
調布・深大寺にある都会のローカルガストロノミー「maruta」。
2軒とも、予約が取れた時からもうワクワクで、
伺うのを友人共々、心待ちにしていました。

が、小池百合子都知事の緊急会見、先週から耳に入ってくる話、増え続ける感染者数、年老いた義父母(もう、玄関に食材を置いて帰るだけにしていますが)のことなど、
さまざまな要素が重なり、泣く泣くキャンセルの連絡を入れた次第です。

食とライフスタイルの業界で仕事をする私にとって

直前キャンセルは重罪

です。お店の方々がどれほどの思いで準備してくれているかを、嫌というほどこれまでの取材で拝見しているからです。
それなのに。
「傳」の長谷川在佑シェフ、心からお詫び申し上げます。
「maruta」の石松一樹シェフ、本当にすみませんでした。

収束したらぜひまた、お店でお料理堪能させてください。お願いです。

ちょうどお詫びのやりとりをしていた「maruta」の石松シェフが
少しお時間を作ってくださるというので、
ディナーは残念ながらあきらめましたが、昼に話を伺ってきました。

***

少々説明すると、深大寺の一軒家レストラン「maruta」は、
2018年夏にオープンした若い店です。
調布駅からも三鷹駅からも、車で10分弱。「終バス」は店の前から22時半くらいに出てしまう。東京エリアにあって、お世辞にも便利とは呼べません。
店は美しい建築の一軒家で、畑と庭があり、樹齢70年の大木や、ローズマリーやミントなどのハーブ園は、都心のレストランには望めない好環境。
店内ではいつも薪火が燃えていて、庭のハーブや近隣からの食材を用い
心もお腹も温まるのに、舌はその現代的なセンスに驚くという、
非常にハイセンスなガストロノミーレストランです。

シェフを務めるのは1988年生まれの石松一樹さん。
都内レストランで修業したのちにメルボルンに渡り、名店「Brae」で経験を積み帰国されました。

「3月の最終週から客足がぐんと減り、そうですね、8〜9割落ちたんじゃないでしょうか。今日はこの後、店のスタッフ全員で集まってミーティングをするんですが、重い決断をしなくてはならないなと感じています」
ニュースなどで飲食店の状況については見聞きしていたものの、やはり、とショックでした。自分に当てはめて想像すると、仕事がほぼキャンセルになるということです。

「でも、自分たちだけじゃないですから。飲食業界は今、みなさん似たような状況ではないでしょうか。考え方をシフトするしかないです」
と言う石松シェフ。
しかし、30席の店を回すスタッフ数は石松さんを入れて8名。アルバイトの方が2名。お給料だけでも相当なランニングコストがかかるはずです。

「レストランの運営費で大きな部分を占めるのは、人件費と家賃。うちの場合、例えば2週間程度休業するとなっても給与はキープしようという合意がオーナーとの間では出来ていますが、それが2ヶ月になると難しいのかも。そんな余裕を持つレストランは、おそらくほとんどないんじゃないでしょうか。家賃はずっとかかりますしね。3月の収入で4月の払いはなんとかなります。でも開店休業状態のまま4月を終えたら、5月はどうすればよいのか……」

おっしゃる通りです。休業とおっしゃいましたが、飲食店のスタッフがこの期間にできる仕事ってあるんでしょうか?

「うちは割と、専業制度なんですよ。食材調達に長けた人もいれば、ノンアルコールドリンクの開発を任される人もいる。もし休業になれば、料理しても食べてくださるお客様は不在なので、『試作・勉強・リサーチ』に精を出すのが最も建設的な話かもしれません」

ちなみに、かねてより「maruta」を

完全な zero waste(ゴミゼロ)レストラン

にしたいと考えている石松シェフ。
今でも店はソーラーパネルで電気を賄い、薪火で調理をし、レストランクオリティーの保存食もたくさん生産しています。
ガックリ肩を落として休業するのではなく、突如生まれた時間を生かし、早い段階でゼロウェイストを実現させるつもりだと語ってくれました。

石松シェフの話は続きます。
「コロナって、怖いと思いながらも今まではどこか他人事でした。東京で感染者が78人出たと言われても(お話を伺ったのは4月1日)、調布ではまだ全然ですし。でも、3月の結果と4月の予約状況、訪れるお客様の様子を見ているうちに、ぼんやりしていた感覚が急に強烈な恐怖になりました。これは大変なことになる、と」
修業先のメルボルンの友人やその他海外のシェフ仲間から入る情報にも、危機感を覚えたといいます。

「オーストラリアの一部の州では、3月半ばには飲食店にソーシャルディスタンスの指示が出たそうです。今は外出禁止。日本で最初の感染者が出たのはずいぶん前ですが、感染者の増え方が急じゃないというだけで、今この段階でも『外出を控えてください』というスタンスです。正直、政府の方々はもう、世論や選挙を意識する時ではないはず。批判されてもやらなくちゃいけないことがあるんじゃないかなと思いますが、難しいんでしょうね」

自粛要請ではなくクローズ命令にすると
助成する義務が生じるので難しい、ということなのでしょうか。
私には国の意図はわかりません。石松シェフにも。
しかし、テイクアウトを始めたり、ランチ営業を試みたり
無茶で体力の要る努力を、飲食店が一斉に始めたのを見るにつけ、
日本のレストランはどうなってしまうんだろうと怖くなります。
主婦が竹槍の特訓したり、お芋でお腹を膨らませる工夫をしたり、
NHK特集で見た戦時中のようではありませんか。

石松シェフが最後におっしゃった言葉が印象的でした。

「結局今、僕たちは

必要か必要でないかが試されているんですよ」

つまり、淘汰という意味です。

亡くなっている方々もいる現状で、
自身の存続のことを考えるのは申し訳ないと思うシェフもいるようです。
しかし、手塩をかけて育てた店が潰(つい)えてしまったら、
それはそれで、一つの死。
若い石松シェフが、それでも明るく「ゼロウェイストのシステム、絶対に確立させます。コロナが収束したらきっと話題になりますよ、見ててくださいね」と言ってくれたのが、素直にうれしかったです。
今度伺うのは、コロナ収束後のネクストステージです。
正体なくしてしまうくらい、盛大にワインと料理を楽しませてください。

この夜、「maruta」はSNSで4月14日まで休業することを発表しました。4月15日以降も状況を見て判断するとのことですが、存続するための休業なので、必ず復活してくれます。彼らが目指す「ゼロウェイスト活動」の本気の取り組みは、まさに今がスタートの時。多くのメディアや企業からも注目されることになると思います。ファイトです。


#ポストコロナ #料理 #レストラン


フードトレンドのエディター・ディレクター。 「美味しいもの」の裏や周りにくっついているストーリーや“事情”を読み解き、お伝えしたいと思っています。