創作怪談 『呼ぶ声に誘われて』 後編

こちら、後編となっております。
前編はこちら↓


後編

  部屋の中央に、ポツンと何か紙のような物が置かれている。
それに近づき、手に取ってみる。
写真だった、随分と古い写真だ。
家族写真だ。
子どもの誕生日に、家で行った誕生会の写真だ。
ロウソクの立ったケーキを前にした男の子とその両脇に大人の男女が笑顔で写っていた。
  その写真には見覚えがあった。写真に写っているのは今よりも若いが、紛れもなく私の両親だし、真ん中にいる男の子は紛れもない、私だ。
  それは私が7歳の誕生日の写真だ。母はマメなタイプで1年毎にアルバムを作っている。その写真もアルバムで見た記憶がある。母は私の誕生日の写真ごとに、思いを綴ったメッセージを貼り付けていたからよく覚えている。

どうしてこんな所に?そんなことを考えていると、はっきりと私の名前を呼ぶ声が聞こえる。
もう一度はっきりと声が聞こえた。その声は私の背後から聞こえる。バッと振り返るのだが、そこには誰もいない。やはり、気のせいだろうかと首をひねり、もう一度写真に視線を戻す。すると、

「たすけて」

  そんな声が部屋中に響く。部屋を見渡してももちろん誰もいない。ぞわりと鳥肌が立った。
急にこの部屋を出ないと、そんな気分になり、写真を投げ捨てて、急いでその部屋を出る。

  私の名前を呼ぶ声は聞こえなくなっている。
もちろん「たすけて」という声も聞こえない。
声どころか、何も聞こえない。声を探している最中は、虫の声や風の吹きつける音も聞こえていた。
なのに今は、それらも、他の音も全く聞こえてこない。あまりの静けさに、耳がおかしくなったのかと、大きく足音を立てて歩いてみれば、それはきちんと聞こえてくる。
  結局、声の主は見つからなかったし、写真以外は何も見つけられなかった。その写真も結局捨ててきてしまった。だいたい、どうしてあんな所に私の写真があったのだろうか?

何もかもわからない。

玄関を出る前に、もう一度廃屋の中を見る。名前を呼ぶ声は聞こえない。

私は廃屋を後にした。

  実家のアルバムを見れば、変わらず母親のメッセージ付きの写真がそこにある。その後、私は変わらず、毎日同じルートで通勤、退勤をしている。
変わらずあの廃屋はそこにあって、時々そこへ肝試しに来た若者たちを見かける。そして、時々私を呼ぶ声が、その廃屋から聞こえてくるのだが、私は二度とその廃屋の中へ入ることはなかった。


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