見出し画像

少しも私たちと共通点がない美しい芸術、ジャン=ミッシェル・モルトロー

明日夕方会える?

なんで連絡してきたのかは分かってる。ホワイトデーだから。ちょうど一ヶ月前、今まで一度もあげたことないのに思い立ってバレンタインにチョコレートをあげたのは私だった。特に深い意味はなかったけれど、二月に入ってすぐの恵比寿でバレンタインのチョコレートが山になって陳列されているお店の前を通ったらなぜか君の顔が浮かんだ。でも私は君のこと何も知らない。甘いもの、大丈夫だっけ。チョコ食べれるっけ。いや、大丈夫たしか最初のデートは六本木でパフェを食べたから。でももうそれって五年前。五年も経つのに、私なんで君のこと何も知らないんだろ。

空アポを無理やり入れて会社を抜け出す二日続けて日比谷の私、一ヶ月ぶりに会う君は疲れた顔。忙しいの?いや、ただ寝不足なだけ。なんで私たちこんな不機嫌な会話しかできないんだろ。いつもそう。君は言葉と行動が一致してなくて私を困惑させる。私のことなんかどうでもいいって話し方をしながらジャン=ミッシェル・モルトローのチョコレートを手渡した。正方形の赤と黒のバイカラーの薄い箱にゴールドのリボンがかかっている。うまく喜べない私は気まずそうにしただけだった。

すっかり春の気温で、アイスラテだけはあっという間に飲み干し話の弾まない一時間、まだ仕事は残ってたけどオフィスには戻らず直帰することにした。なんだか疲れた。君のことよく分からない。君は少しも笑わない。少しも私に触れない。少しも……私は少しも君に近づけない。まだ明るいうちにたどりついた自分の部屋でコーヒーを淹れてチョコレートの箱をじっと眺める。そしてそっと、傷つけないように丁寧に封を切った。ジャン=ミッシェル・モルトローのチョコレートはカカオの味が濃くて、中のガナッシュはとろけるように甘くて、赤と黒とゴールドの化粧箱は何度見ても綺麗で、少しも私たちと共通点がない美しい芸術だった。2つだけ食べて胸がいっぱいになってやめた。

私たちどこかでかけ違ったみたい。


いただいたサポートは創作活動のために使わせていただきます。