無数の世界

高橋幸宏さんの7年ぶりの新作、「Blue Moon Blue」を聴きました。

前から幸宏さんの曲は多分好きだなっていう予感はあったのだけど、それがなんでなのか、自分でもよく分からないです。はっきり認識してるのは、嶺川貴子さんがカバーした「My Love」で、あとは知人の家で聴いたスケッチ・ショウくらいなんだけど、それらの総合的なイメージとして・・・なんていうんですかね、あれ。オーガンジーの感触?ふわっと軽くて淡くて、そのことが醸し出す、ちょっと寂しいくらいの美しさ。見る角度によって色彩が変わるような自由度があって・・・。そうだ、その自由な感じ。音と音との間に、隙間がある自由度。前に風曲の話をしたけど、もっとミクロなイメージでの空気の動き。その隙間に漂う、少しだけ不気味なロマンティシズム。・・・どんどん意味不明になってきたので、このへんでやめとこう。

とにかく、Listen Japanのインタビューを読んで「すごいわかるその感じ!」って思って、試聴したらキまくったので、買ってみました。

このインタビューで心象風景っていう話が出てくるけど・・・わかるなと思ったのは、身の回りの世界とか風景とかを自分の心に映すときに、かなり抽象画的な状態に映るんですよね。その映った物には音も存在すると思うんだけど、それは音の流れだったり、かなり周期的なリズムや音の質感だったりするので、それがエレクトロニカに合うという意味なら、とても納得できる。

自然に対してそういう心象風景を持つのは、たしかに、和風なとらえ方だと思うんですよね。ワビサビの世界。誰か、新古今和歌集をエレクトロニカでやってくれないかなぁ。

十代半ばに読んだ本で、筒井康隆さんの「家族八景」というのがありまして。七瀬というテレパスの女の子が主人公の、七瀬シリーズの1作目ですね。この中でたしか、周りの人を図形的に捉えている男が出てきました。そういうのは、日常会話していても分からなくて、テレパスにしか分からない部分だなと思いながら、当時は「私の感じるこの世界は私の視点から見た世界で、他の人から見た世界も人の数だけ存在して・・・」と考えて目が回りそうになったりしてたのでw、とても印象に残っています。


---2006/6/22追記---


先日幸宏さんの「Once A Fool,...」(1985年作品)を聴いていてふと思ったのですが、最近の幸宏さんのループ感は確かにSketchShowで得たものかもしれないけど、「音像」みたいな感覚はずっと前からすでにお持ちだったのではないかと・・・。

もともと幸宏さんの曲は、各音の配置が斬新で洗練されてる気がするんですよね。どの音色がどのタイミングでどういう周期でどの方向でどの距離感で鳴るか、という立体的、時間的なデザインセンス、みたいなもの。分子構造模型ってあるじゃないですか。あれに近いイメージなんだけど・・・(なんか台無しw)。その感覚は「見る角度によって色彩が変わるような自由度」という表現に含まれています。

とにかく、ほとんど曲を知らなかった3/28の時点で、何をどう聴いてあのようにイメージしていたのかよく分かりませんが、色々と聴いてみた今感じていることも、実は当時とそんなに変わってません。

うーん。音楽って、不思議だ。