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クルクルポン - マヤ暦「黄色い戦士」のストーリー

なんて雰囲気のよくない職場なんだろう。

店舗配属になった初日、私はそう思った。

私は大学を卒業して、大手コーヒーチェーン「プラナコーヒー」を運営する会社に入社した。新入社員はまずは1年間、必ず店舗で経験を積む。私は学生の頃、大学の近くにあるプラナコーヒーにばかり行っていた。友達や彼氏とおしゃべりする場所としてもよく使っていたし、テスト前に家で集中できないときに勉強をする場所としても使っていたし、なんだか気分が晴れない時になんとなく足を運ぶ場所としても使っていた。

私はプラナコーヒーが大好きだ。理由はよくわからない。もちろん、コーヒーはおいしいし、おしりに馴染む椅子はお気に入りだし、テーブルとテーブルの感覚もちょうどよくて落ち着くけれど、どれもとても些細なことのような気がした。でも「なんとなくいつもそこに行ってしまうこと」以上に確かな理由なんてない。

だから面接で志望動機を尋ねられたとき、「とにかく好き」という気持ちだけを伝えた。

「とにかくプラナコーヒーという場所が好きで好きでたまらないんです。おしゃれなカフェは周りにあふれているのに、なぜかプラナコーヒーに足が向いてしまうんです。自分に何ができるかはまだわからないけれど、数えきれないくらい足を運んだプラナコーヒーという場所で、自分にできることを精一杯やってみたいんです」

私の言葉をやさしくうなずきながら聞いてくれていた目の前の女性の様子にホッとした。自分の長所や短所をひねり出して答えを準備していたのに、全く聞かれなくて拍子抜けしたけれど、新入社員研修の1日目に、採用責任者の金田さんが私たちに言ってくれた言葉をきいて納得した。

「今日ここにいるのは、プラナコーヒーのことが大好きな人たちばかりです。私たちが一緒に働く仲間を選ぶときに1番大切にしているのはその部分で、面接の時にその気持ちが伝わってきた方だけを採用させてもらいました。プラナコーヒーで働きたいという何千人もの方たちと会っていると、この人は本当の本当にプラナコーヒーのことが好きなのかどうかが、なんとなくわかってしまうようになったんです、私。どんなにキレイな言葉を並べても、どんなにいいエピソードを話したとしても、私の目はごまかせません。だからここにいるあなたたちは正真正銘、プラナコーヒーが本当に大好きな人たちです。大好きなものを通して、あなたたちと私たちは、かけがえのない仲間になれると信じています。一緒にプラナコーヒーという場所をよりよい場所にしていきましょう」

隣に座っていた同期は涙ぐんでいたし、私も目頭が熱くなった。研修ルーム全体が心地よい雰囲気に包まれて、その雰囲気が私の通っていたプラナコーヒーの雰囲気と似ているなと思った。あの心地よい雰囲気は、「大好き」の中で働いているスタッフさんたちが作っていたものだったんだなと妙に納得したし、私の選んだ道はまちがっていなかったのだと確信していたのに。

私が配属になった店舗には、なぜかその心地よい雰囲気が全く感じられなかった。

私は新入社員研修を終えたばかりでやる気に満ちあふれていたから、その店舗の様子にがっかりしてしまった。その店舗では、店長の森川さん、正社員の花本さん、そしてアルバイトの木村さん、楠木さん、山中さんの5人のレギュラーメンバーで主にシフトを回していた。

「このぎくしゃくした雰囲気の原因はなんだろう?」

働く中で観察していると、その原因が少しずつわかってきた。口数が少なくて大人しくて、仕事のペースがゆっくりで、少し独特な雰囲気をもつ花本さんを、他の4人が良く思っていないということだ。花本さんにわざと聞こえる声で嫌味を言ったり、キツく当たったりしているのを何度も見て、私はそのたびに嫌な気持ちになった。

大好きなプラナコーヒーでせっかく働いているのに、こんなの絶対にイヤだ。私は私のために、この店舗の雰囲気を良くしてみせる。正社員もアルバイトもすべて本社で面接をするから、すべての人たちが金田さんの面接を通過した人たちのはずだ。つまり正真正銘、プラナコーヒーが大好きな人たちのはずなのだ。それならきっと大丈夫。ちょっとしたきっかけで、「かけがえのない仲間」に戻れるはず。

私はこの場所で、戦うことを決めた。


戦うといっても、私はまだ店舗に配属されたばかりの新人だ。新人がバカ正直に「ここの店舗は雰囲気があまりよくありませんね。花本さんにもっと優しくしてあげたらどうですか?」なんて言ったところで、もっと雰囲気が悪くなるだけだ。私に対する風当たりもキツくなるだろう。まだ仕事を教えてもらう立場で、その状況はキツイ。

「このチームのために、今私にできることは?」と自分の腹に聞いてみると、「仕事を覚えて、チームの中で一人前になること」という答えが返ってきたので、拍子抜けしてしまった。でも今私にできることは本当にそれしかなかったので、まずは全力で目の前の仕事をがんばった。業務のことでわからないことがあれば、店舗メンバーにすぐに質問してメモをとり、家で復習した。一生懸命がんばっている人を悪く思う人はいない。店舗に配属されて1ヶ月くらいたったときには、店舗メンバーと他愛のない話で盛り上がれるくらいの関係を作ることができ、店舗業務をおおよそこなせるようになった。

そして、店舗メンバー1人1人のことも少しずつわかってきた。

店長の森川さんは、お客さんと仲良しだ。お客さんが何を飲もうか迷っていたら、さらっとおすすめしたり、常連さんであれば「今日もカフェラテLサイズですか?」とか「今日はいつもと違うんですね」などと声をかけ、短い時間でお客さんの心をつかむのがとても上手だ。暗記力もいいのかもしれない。さすが店長。

木村さんは、仕事ができるタイプの人だ。お店が混雑しているとき、木村さんは先回りしてテキパキと冷静に動いてくれるので、スムーズに業務が進む。木村さんがいてくれると心強い。

楠木さんは、とてもきれい好きだ。ちょっとでも時間があったら店内の机やカウンターをふいたり、ゴミを拾ったり、備品や在庫の整理整頓をしたりホコリをはらったりしてくれている。楠木さんのおかげで店舗はいつもピカピカだ。

山中さんは、ミーハーなタイプ。毎月1日に本社から送られてくる新商品のドリンクのレシピを1番に読んで、まっさきに作って、その作り方をみんなに口頭で教えてくれる。新しいことに対して積極的な山中さんにいつも私たちは助けられている。

でも花本さんのことは、まだよくわからなかった。仕事のことなら、聞けば丁寧に教えてくれる。でも「明日のお休みは何して過ごすんですか?」と聞けば「特になにも」と答えが返ってくるし、「花本さんってどのへんに住んでいるんですか? ずっとこのへんに住んでいるんですか?」と聞けば、「そうですね」とだけ答えが返ってくる。答えが全部ぼんやりしていて、いまいち仲良くなるきっかけをつかめなかった。

でも私はなぜか、花本さんが好きだった。というより、気になって気になって仕方がなかった。

嫌味を言われたり、キツく当たられたりしても、全く動じずに「すみません」とか「はい、わかりました」とひょうひょうと答えている様子は、なんだかかっこよかった。私だったら毎日耐えられるかな、花本さんはどうしてあんなに平気でいられるんだろうかと、好奇心を刺激される。

そしてなにより、花本さんの淹れてくれるコーヒーがなぜか1番おいしかったのだ。

プラナコーヒーではコーヒーの淹れ方はマニュアル化されていて決まっている。豆も、使う器具も、淹れる工程も、水も、みんな同じ。なのに花本さんの淹れてくれるコーヒーの味は群を抜いておいしかった。

コーヒーが大好きな私は、その部分でも花本さんを尊敬していたし、そのおいしさの秘密を知りたかった。

そんなある日、花本さんとはじめて2人でシフトに入った。店舗に配属されてから2ヶ月がたち、研修期間が終わった。それまでは一人前としてシフトに入っていなかったので、3人もしくは4人でカウンターに立つことが多かったけれど、やっと「1人」として数えてもらえるようになったのだ。

比較的お客さんの出入りがゆっくりしている時間帯。

私がカウンターで注文を聞き、花本さんがドリンクを作っていた。

注文を聞き終わって、ドリンクを作る花本さんをぼんやりと眺めていると、淹れ終わったコーヒーの上でなにやら指をクルクル動かしていた。

はじめて見たときは「たまたまかな?」と思ったけれど、それ以降気になって花本さんがコーヒーを淹れるのをじっと観察した。すると、花本さんはお客さんにコーヒーを渡す直前に、絶対その動きをするということに気づいてしまった。

湯気のあがるコーヒーの真上で、人差し指を小さくクルクルと回して、最後はポンっと人差し指をコーヒーから遠ざける。

それはまるで、コーヒーにおまじないをかけているようだった。

「花本さんが最後の仕上げにやっているのって、何ですか?」

私は人差し指をクルクルポンとしながら、花本さんに聞いてみた。

花本さんの動きが一瞬止まったかと思うと、花本さんの顔が赤色に染まっていった。

「別に何の意味もないよ」

花本さんはそう答えて、その赤い顔のままでコーヒー豆の補充を始めてしまった。

5時を過ぎて、私と花本さんは一緒にシフトを終えた。バックヤードで着替えていると、少し離れた場所で着替えていた花本さんが私に言った。

「私ね、高校生くらいの時からコーヒーが大好きでね。うちはおばあちゃんも一緒に住んでいるから、お母さんかおばあちゃんかどちらかにコーヒーを淹れてもらっていたんだけれど、なぜかおばあちゃんの淹れてくれたコーヒーの方がおいしいのね。豆や水は全く一緒だし、使っているコーヒーメーカーやコップもいつも同じなのに不思議だった。それである日おばあちゃんに聞いたの。『どうしておばあちゃんのコーヒーはお母さんのコーヒーよりもおいしいの?』って。そしたら、あのおまじないのことを教えてくれて、それから私も自分でコーヒーを淹れるときはそうする癖がついているの」

花本さんがそんなにたくさん話すのをはじめて聞いたので、私は少しびっくりしていた。

「やっぱりおまじないだったんですね。『おいしくなーれ!』ってことですよね?」

私がそう言うと、花本さんは真面目な顔で答えた。

「そういうことなんだと思う。知ってしまったからには、もうそれをやらないでお客さんにコーヒーを出すことは私にはできない。バカみたいかもしれないけど、やるのとやらないのとでは全然味がちがうの。さっきはごまかしてしまったけれど、気づかれたのならちゃんと話しておいた方がいいと思って。それだけです。おつかれさまです」

花本さんはそういうと、バックヤードのドアの方にスタスタと歩いていってしまった。ドアノブに手をかけた瞬間、私は花本さんの背中に向かって、必要以上に大きな声で言った。

「だからなんですね! 私、花本さんの淹れてくれるコーヒーが1番おいしいなって思ってたんです。」

花本さんはくるっと振り返って、ほんの少しだけ微笑んで、また私に背を向けて部屋を出ていった。花本さんの笑顔をはじめて見た私は、まるで好きな男の子とはじめて話せた時と同じくらいに胸がはずんでいるのに気づいた。家に帰る足がとても軽い。

家に帰って、私は2杯分のコーヒーを淹れた。1つには「クルクルポン」をして、1つには何もしないで、それらを交互に飲んでみた。「クルクルポン」をしたコーヒーは、苦味の中になぜかほんのり甘さを感じる。そして、口当たりがまろやかだ。

私も明日から、仕上げにクルクルポンをしよう。

むしろ、店舗メンバー全員にこのことを伝えたらどうだろう? コーヒーがおいしくなるなら、お店にとってもいいことだし、花本さんに対するイメージも少し変わるような気がする。

運良く、明日は月に1回の店舗ミーティングだ。

私の頭の中で、ゴングがなった。

ベッドの中で、作戦を練った。

明日、私は私のために勇気を出して戦う。いよいよ作戦実行の時だ。


次の日、店舗にメンバー全員が集まった。

1ヶ月の振り返りと気づきを、1人1人が発表し、店長がそれに対してフィードバックしていく。私の番が回ってきた。

「いつもたくさんのことを教えていただいてありがとうございます。おかげで、だいぶ仕事にも慣れました。これからも、森川店長を見習って、お客さんともどんどん会話していけるようになりたいし、木村さんを見習って、混雑時にもテキパキとスムーズに動けるようになりたいし、楠木さんを見習って、スキマ時間を見つけて店舗の掃除もやっていきたいし、山中さんを見習って、新商品も早く覚えられるようになりたいです。そして⋯⋯」

私は息をゴクッと飲んだ。

「花本さんを見習って、だれよりもおいしいコーヒーをお客様に提供していきたいです」

その言葉を言った瞬間、話す私に温かい目を向けてくれていた森川店長と木村さんと楠木さんと山中さんの目つきが一気に凍るのを感じた。

その空気に飲み込まれて勇気がしぼんでしまう前に、私は言った。

「花本さんに、おいしいコーヒーの淹れ方を教えてもらいました。すごく簡単な方法なんですが、今のところ花本さんだけがやっていることです。それをするだけで、いつもよりコーヒーがおいしくなるんです。お客様に少しでもおいしいコーヒーを提供できるように、一度みんなで試してみませんか?」

シーンと静まりかえる部屋。森川店長が口を開いた。

「アスカちゃん、プラナコーヒーにはしっかりとしたマニュアルがあるよね? それは、誰が淹れてもいつも同じレベルのコーヒーをすべてのお客様に平等に提供するためなの。プラナコーヒーは豆や水や淹れ方にもこだわっていて、私はみんなに同じように伝えたから、みんな同じ味になるはず。すごく簡単な方法ってどんな方法? マニュアルに書いていないことはしてはいけないの」

私は「クルクルポン」を知ったばかりのくせに、なぜかその変化に自信があったので、負けずに答えた。

「その前に、私のコーヒーと花本さんのコーヒーを飲み比べていただけませんか? 同じ淹れ方のはずなのに、花本さんのコーヒーの方がおいしいんです。ちょっと待っててください」

私は花本さんの手を引いて、コーヒーメーカーの前に立った。

「花本さん、いつも通りにコーヒーを淹れてもらえませんか?」

花本さんは、あきれたようにため息をついて、でもいつも通りの凛とした様子でコーヒーを淹れてくれた。もちろん、クルクルポン付きだ。そして私はクルクルポンなしで、いつも通りにコーヒーを淹れた。

そして部屋に戻り、森川店長の目の前に2つのコーヒーカップを置いた。

「どっちがおいしいか、もしくは変わらないか、正直に答えてほしいです」

森川店長もため息をついて、順番にコーヒーを口に含んだ。その反応を待ちながら、私の胸はまるで音が聞こえてしまいそうなほどにバクバクしていた。

ふと、森川店長の顔がゆるんだかと思うと、森川店長は静かに口を開いた。

「左の方が断然おいしく感じる」

私はその言葉に胸をなでおろした。左のコーヒーは花本さんが淹れたコーヒーだったからだ。森川店長に続いて、木村さんと楠木さんと山中さんが2つのコーヒーを飲み比べていた。全員が左のコーヒーがおいしいと言ってくれた。

「で、そのすごく簡単な方法ってどんな方法なの? 花本さん」

森川店長は少しとがった口調で花本さんにたずねた。

花本さんは左手でコーヒーカップをもち、そのコーヒーの上で右手の人差し指を「クルクルポン」と動かした。

「あとは、おいしくなーれって心の中で唱えるだけです」

花本さんがボソッとそうつぶやくと、空気の動きが止まった。きょとんとした4人の表情。静まりかえる部屋。

長い数秒間だった。

1番はじめに山中さんが吹き出した。続いて森川店長がゲラゲラと笑い、木村さんと楠木さんもアハハと笑った。そして花本さんの顔はあの時と同じように、やっぱり赤くなっていた。

そして次の日から、みんなが「クルクルポン」をするようになった。はじめのうちは、みんなちょっと照れてしまって、クルクルポンをした後に顔を見合わせてウフフと笑い合った。でもだんだん慣れていって、それが当たり前になっていった。

そして、みんなは花本さんにやさしくなった。あいかわらず口数は少ないしマイペースな花本さんだけれど、花本さんの根っこにある「コーヒーが大好き。プラナコーヒーが大好き」という部分が、クルクルポンを通してみんなとつながったのかもしれない。

ある日、いつものようにお店の自動ドアの前に立って、お店の中に入った。するとなぜか懐かしい気持ちになった。

今日この場所で働けることがうれしい。

この雰囲気が、この匂いが、大好きだ。

そして今日、この場所で仲間と働けることがうれしい。

素直にそう思った。

私は、戦いに勝ったのだ。

いろんな戦い方があるけれど、今回の戦い方はこんな感じだった。

私はこれからも目の前にやってきたことに挑み続ける。

戦うたびに、私は強くなっていく。

戦うたびに輝いていくのだ。


著者「もよもよ」さん

このストーリーは「もよもよ」さんに書いていただきました。素敵なエッセイを書かれていますので、ぜひnoteをチェックしてみてくださいね♪

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