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認識と実在について・・・日々への活用法(前編)

こんばんは。メイさんです。

医学部2年生の大変さをひしひしと感じている今日この頃…。ふとカレンダーを見て、9月がもう約半分過ぎてしまったことに気がついて驚きました。「@@の実習が終わったら次の日は〇〇のテストで、それが終わったら次は△△、それが終わったら××の課題の締め切りでその後は□□と◎◎のテストで…」という日々を送ってたら、まぁそうなりますわな…。笑 体力と脳みその限界を試されているような気持ちになってきますが、同期たちも全員同じ状況の中で頑張っているので、お互いに愚痴りつつ労わりつつ、日々を過ごしています。

ただでさえ忙しい医学部生活。勉強関係のストレスが常にかかっている中、余計なストレスは抱えたくないよな…と思って、色々と思考を巡らせていました。そんな中、ふと気付いたことがあったので、深夜テンションでつらつらと書いていこうと思います。当たり前といえば当たり前な内容ですし、過去に偉い先生が説いていることかもしれませんが、自分なりに納得できた気付きだったので、備忘録として書くことにしました。

存在を認識することでそれは「実在するもの」になる

なんかいきなり哲学っぽいテーマな感じがしますが、今日言いたい事は一言で言うとまさにこのことです。嫌なことがあったときや、逆に強めたいものがあるときとか(受験勉強のためのモチベーションの維持とか)、そういうときに「存在を認識するかどうか」というのを自分でうまくコントロールすることも有効なんじゃないかなと思っています。嫌なことがあったときの活用の仕方と、強めたいものがある時の活用の仕方の両方を書こうと思ったのですが、前半を書いただけで中々の分量になってしまったので前編と後編に分けて記事にしたいと思います。今回は前編として、嫌なことがあったときの考え方について書いていこうと思います。

ネット上で、理由も分からず意味不明な絡みをされたり不愉快なエアリプ飛ばされたり、そういうことされると非常に強い不快感をおぼえますよね。リアルの生活の中でも、自分が口にした日々の何気ない言葉を聞こえるようにバカにされたりとか。そういうことをする人たちは例外なく暇人か、自分が本来やるべきことから逃げている哀れな人たちだと思っているのですが、どれだけ頭でそう分かっていてもやはり不愉快なものは不愉快ですし、心の底から震えるような嫌悪感が湧き上がってきます。

そんな時は、そういうものを全て遮断して、見なきゃいいんです。実に当たり前でしょう?当たり前だと思います。でも、なんやかんや怖いもの見たさで見てしまう。それも人間の性分だと思います。しかし、それを見たことでまた不愉快な思いをして、そのイラつきに耐えて…というのは人生の貴重な時間の使い方としては非常にもったいないです。ほんの少し前まで、まさに自分がそうでした。でも、私にはやるべきことが沢山ある。それと、休める時には心と身体を休めなくてはいけない。それらの妨げになるものは、明らかに私の人生に必要ないので、積極的に離れる必要があるのだなとやっと気付けました。実生活と結びついていてブロックが厳しければミュートでもいいんです。現実生活でも、物理的に近付かなければいいんです。そうやって過ごし始めて少ししたら、だいぶ楽になってきました。

ヒトの脳は、生理学や解剖で習うと非常に複雑で、あまりにも緻密な構造やシステムを持っていることに驚きますが、実際の生活の中で自分で使う分には意外と単純な側面もあったりします。見ないものは無かったことにできるし、ぐつぐつと湧き上がった負の感情は時間の経過でそれなりに薄らいできます。もしくは、新しい情報として負の情報が入らなければそれは強化されず、日々を忙しく過ごしているうちにその忙しさが薄めてくれたりするもんなんだと思います。

その人たちは存在している。不条理な言動も存在している。しかし、私がその存在を認識しないことで私の中では「実在しない」ものになる。だから悪い影響も出ない。そんな流れで、不快な感情が溢れることを防げるのだと思います。それに、相手を「実在しないもの」にできるって、最高の報復だと思いませんか?笑 倫理的に何の問題もなく相手を消せるって、すごいことだと思います。まだまだ完全にこの境地に達することはできませんが、そうやって自らをコントロールすることもときに大切なのかもしれません。

しかし、これは活用の仕方を間違えると「自分に都合の悪いことは耳を貸さない人」になりかねません。なので、とりあえずは理不尽な、何の生産性も無い不愉快なことに活用していけばいいのかなぁとも思っています。

以前の記事でも書いている通り、私は日々、自分の「生きやすさ」について考えていることが多いように思います。こういったちょっとした思考の持ち方や行動を変えることも、生きやすさに繋がるのだなぁ…と思った次第です。

後編では、なにか「強めたいものがあるとき」に、存在を認識して「実在にする」ことについての、前向きな効果について書いていこうと思います。

ではまた。メイさんでした。

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