10代最後の日

10代最後の日 「7日目の決意」


10月4日。20歳になりました


そして、10月3日。10代最後の日。


僕が20歳を迎えるにあたって、この人生の節目に感じたことを残さないといけないという使命感に駆られました。

僕は常に頭が回転しています。考えています。

過去の後悔、未来のタスクのことなどを考え続けています。寝る前に瞑想の時間を設けないと「現在」今この瞬間のみを意識することができないくらいです。

考えやアイデアが思い浮かび続けるが、書き留めないとどんどん逃げていってしまいます。

10代最後の日に、これらを逃さず書き留めることに僕は非常に意味があると思っています。



自分の拙い文章により、読みにくい、何を考えてるのかわからないと言われる方も多いかもしれません。

もしそう感じた際は、このnoteのコメントでも、Twitterでもインスタでも教えてください。今後の参考にします。


自信を持ってこの文章を書いています。

ありがたいことに、少しずつ各種SNSやnoteもフォローしていただいています。


今後の僕を見ておいてください。




プロローグ「現在」


現在、僕は音楽がかなり大きな思考の割合を締めています。


そのきっかけは、UVERworld。

14歳のとき、同じクラスの友人から勧められたUVERworldと出会い、『Fight For Liverty』をYouTubeでイヤホンで聴き、文字通り人生が変わりました。

ストレートな歌詞や力強いメロディに幾度となく助けられ、サッカー部時代の2度の大怪我、劣等感を感じ続けた大学受験などでもかなりのお世話になりました。


UVERworldの代表曲に『7日目の決意』という曲があります。

この曲の歌詞に「10代最後の日にあと1年頑張って、何も変わらなかったらこの人生ごと終わらせようと思ってた」というものがあります。

この歌詞を初めて聞いたときから、10代最後の日、19歳364日のことを非常に強く意識するようになりました。

ただ、1年後に死ぬつもりなどさらさらありません。

いつ死ぬか、いつ歩けなくなるかわからない。明日死んでもいいくらいの気持ちを持つ努力をしています。


10代最後の日に何をすべきか。どうやって過ごすか。


大学の講義を飛んで行きたかったところに行き、食べたかったものを食べるというのもひとつの方法でした。

でも、それでは普段遊びに行ったのと何も変わりません。思い出として消費されてしまいます。ただのインプットであり、満足するのは自分の好奇心だけです。

大好きなギレルモ・デル・トロの映画を見るわけでもありません。大好きなラーメンを食べるわけでもありません。

それでは好奇心を満足できても、もっと重要な自分の「他人に影響を与えたい」という信念が満足しません。

つまり、僕は10代最後の日にインプットではなくアウトプットをしようと考えました。

それも、文章という形でアウトプットをすることにしました。


僕は実際に曲をリリースしているミュージシャンでもあります。音楽というアウトプットで10代最後の日を過ごす方法もありましたが、それはやめておきました。

理由は「1日で作った曲に価値がないから」です。ヒャダイン氏が2日で1曲作るとどこかのインタビューで言っていましたが、1日では到底曲は完成しません。大学に通い、TABIPPOなどほかにも色々な活動をしている僕は、短くても1曲1週間はかかります。

誕生日の1週間前から作り始め、10代最後の日にリリースするという手段もありましたが、それでは「この1日」ではなく「この1週間」に焦点が置かれ、本当に重要なはずの1日がただのリリース作業に終始してしまいます。

それではいけません。


これは、僕の、過去でも未来でもなく「現在」のためのアウトプットです。


1章 「出会い」

私には、「人生が変わった」と死ぬまで言い続けることのできる時間点がいくつかあります。UVERworldの『Fight For Liverty』を初めて聞いた瞬間もそのひとつ。

大学生になってからのターニングポイントは2つあって、1つ目は昨年の6月『10年後の仕事図鑑』に出会った瞬間。

読む前は、「10年後の仕事ってどんなのだろう?」っていう感覚だけ。作者のホリエモンのことは少しだけ知ってたけど、もうひとりの作者の落合先生のことは全く知りませんでした。

本の内容に「10年後の仕事」はほとんど書いていませんでした。でも、10年後に生きていくための方法は見つかった気がしました。

本に書いてあった「まずはなんかしてみろ」という言葉。

ネットビジネスのことは何も知らなかったけど、何かしたくて、ブログを始めました。

もうそのサイトは閉じましたが、そのためにドメインを取って、サーバーを借りて、アドセンスに応募して、みたいなことを全て自力でやったことはかなり自分を成長させました。


2つ目はタイ・カンボジアのバックパッカー旅。

どうしても海外に行きたい。でもお金と時間がなかった。だから所属していたサークル2つから距離を置き、バイトを増やしました。

1人で行く勇気がない、でも一緒に行くような友達もいなかった。そんなときに一緒に行く仲間のいる「タビイク」を見つけました。

家族に受動的に連れられて行くことなく、自分から行動して初めて行った海外では五感全てに刺激的で、たくさんの問題が現れては解決を繰り返し、目に見える形での成長を実感できました。



僕は過去でも未来でもなく「現在」だけを見つめていたいので、こんな過去の回帰をしたいわけではありません。

何を言いたいかというと、場所、物など「人以外の出会いも大切にする」ことによって僕はここまで来たということです。

大前提として、出会う全ての人に幸せになってほしいし、出会った人全員に社会的意味合いがあることも理解しています。

でも、人だけで社会全てを俯瞰できるほど僕たちのコミュニケーション能力は高くありません。

よく言われる、「お金に変換できる価値」は人・モノ・時間・情報です。人の出会いも一期一会ですが、他の価値も全て一期一会です。

なので、そのモノ、その場所、その時間、その情報をそのときそのときで全力で大切にすべきなのです。

自分に合わない、自分の土俵ではないと感じたらその環境から離れて、自分が成長するために最適化された環境で価値を求める必要があります。


環境を包括するコミュニティの意義はまさにそこにあるでしょう。



2章 「経験」


僕はかなり様々なことに手を出してきました。


大学での軽音サークル、学祭実行委員会、プロジェクションマッピングの団体。バイトはサービスエリアに始まりブライダル、アパレル、家庭教師、翻訳アシスタント、ゲストハウス。日雇いもやりました。ベンチャー企業での長期インターンも経験しました。

スキル面では、映像撮影・編集、CG製作、UIデザイン、グラフィックデザイン、作曲、ミックス、オウンドメディアのライター、企業SNSの運用もしました。

また、スタートアップやクリエイティブ関係のイベント、プログラムにたくさん参加しました。

タビイク、TABIPPO、1人旅もしました。

ここまで書くと、おそらく同年代の中ではかなり幅広くやった方なんじゃないかと感じます。


なんで僕がこんなにたくさんに手を出してきたかというと、「合わなかったらやめればいい、続いたものが自分に向いている」という考えが根底にずっとあったからです。

人生一度きり、やらない後悔よりやる後悔だと思って、まずはやる、ということをめちゃくちゃ大事にしてました。社会人になったらアルバイトも難しい、だったら大学生の間にたくさんやりたい。

また、色んな経験があることでたくさんの切り口から会話をすることができ、比較的たくさんの人と専門的な会話のネタがあったこともメリットのひとつでした。

正直、この考え方はめっちゃ楽しいです。とても気楽で、ハッピーになれて、いろいろやっててすごい!って周りの友人褒められます。

そして続いたのが音楽と旅で、この2つが今の僕の軸でもあります。


しかし、ふとTwitterで流れてきたこの記事。寝る前にベッドで読んでいました。

今後クリエイティブ・ディレクションをしたいと思っている僕にとってGOの三浦さんは天上人です。東京であったミートアップで博報堂の人にわざわざ三浦さんのことを聞きに行ったくらい尊敬しています。


「多彩さを求めて、いろんなことに手を出そうとする人。こんなヤツはクソだと思うね。」

この言葉には、ベッドの上で金縛りにあったくらいの衝撃とショックがありました。

これまで、少なくとも大学入学後の1年間、僕の指標となっていた考え方が完全に否定されました。


そして、なんで色んなことに手を出すやつはクソなのかを、三浦さんの言葉ではなく自分の言葉で探しました。

すると、思い当たる節がいくつかあったことに気づきました。

・普段なにやってるのかよくわからない
・結局なにになりたいの

といったことは何度か聞かれたことがあったことを思い出しました。聞かれたときは、「これは自分のためにやっていることで、他人に理解してもらわなくてもいい」と思っていたので、適当な返事をした気がします。

しかし、他人から理解してもらえない=応援してもらえないことに気づきました。

なにをやっている人なのかを明確にすることで、「この人といえばこれ」みたいにコンテンツとキャラクターを関連させることができて、コンテンツを褒めること=その人を応援することになるとわかりました。


さらに、僕の場合は音楽をもっと頑張りたい、もっとたくさんの人に僕の曲を聴いてもらいたいと思っています。そして、もし色々手を出した時間を音楽に全振りしたら......って考えると、寒気すらしました。

もっとたくさん楽曲提供してたかもしれない。もしかしたらライブしてたかもしれない。

後悔してもしょうがないのですが、自分に悲しくなりました。


それから、僕の指標としていた考え方を変えることを決意し、極力やることを絞るようにしました。

それでも飽き性な僕は1つのことを続けられないことはわかっていたので、新しいものに手を出す回数を減らすようにしました。

おそらくこれによって少しずつ自分の中ではいい方に向かってる気がします。実感が湧いてくるのはこれからです。

音楽も最近リリースできてなくてサボってるみたいな指摘も受けましたが、アルバム準備中です。もうちょっとだけ待って。



3章 「精神」


僕は極度の飽き性です。音楽の趣味もダンスロック、パンク、テクノ、シティポップとどんどん変わります。


そして、慣れることが嫌い、苦手です。

どういうことかと言うと、慣れてしまった瞬間にこれまで頭を使って行っていた行為がルーティーン化し、自分の思考が入る余地がなくなる気がするのです。


そして、中学から高校で急激に難化する数学のように、嫌いなところから苦手になってしまいました。

この弊害はとても大きく、僕がバイトが続かない理由のひとつです。


そして、ルーティーン化してしまった業務をしている先輩に、明らかにおかしいと感じたところを指摘すると、生意気と言われ関係が悪くなることもたくさんありました。

そして、居心地がどんどん悪くなっていきました。


バイトが続かないことは、今まで他人(先輩)のせいにしてきたけど、もしかしたら自分のせいかもしれないと考え始め、ルーティーンワークがうまくできないこと、仕事での人間関係構築が難しいことなどについて調べました。

そして、たまたま見つけたこのチェックリスト。

やってみたら、ドンピシャ。

自分がもしかしたら発達障害かもしれない。そんなこと考えたこともありませんでした。

そして、色んな自己分析やカウンセリングにより、僕は他人より比較的得意なことと苦手なことがハッキリしていることにも気づけました。


例えば、音声ベースの暗記が苦手です。仕事とかで「これとこれやっといて」みたいなことを言われても、大抵片方忘れてしまいます。その代わり視覚的にものを捉えるのが得意なので、もしそれがメモやチャットであったら絶対忘れないし、円滑に仕事できる自信があります。

それから、集中すると他人の声が聞こえなくなります。音楽制作やこういった執筆をしているとき、だいたいゾーンに入ってることに気づけました。椅子を後ろから押されたりして驚かされたことがあるのですが、心臓が本当に止まりそうになりました。

それから、衝動的に行動したり、ものをよく無くしたり、よく遅刻したり、数学でケアレスミスを永遠に連発したり。


完全にADHDの特徴と一致してました。

ADHDって、「努力の問題」だと思われがちなんですが、その要求される努力の量が尋常じゃなく多いんです。

例えば、僕の部屋はだいたい散らかっていますが、片付けがあまりに面倒すぎて、これを片付けるくらいなら10kmマラソンした方がマシだと感じてます。本当です。


ADHDにはどんな人がいるのかみたいなものも調べたら、故スティーブ・ジョブズ、セカオワ深瀬、ウィル・スミス。

Twitterでも、尊敬するカラスの辻さんが、自身がADHDだとツイートされてました。

すごい人ばっかりでびっくり。

悪いことだけじゃなくて、ADHDにしかできないこともたくさんあることを知り、前向きになれました。

この自分を受け入れて、武器にしようと思うことができました。


「違いは力。」


そんなこんなで、ずっと病んでもられないのでメンタルクリニックにも行き始めました。

でも、僕自身は何も変わらないので、よろしゅうです。



4章 「距離」


僕は面白い活動をしている人にSNS経由でたくさん会ってきました。

会ってきたのは、学生フリーランス、学生起業家、などなど。

面白い方たちからは、その辺のセミナーでは聞くことのできない生身の経験談やライフハックを学ぶことができます。

そして、その方たちから「この人と会ってみて!」と言われ、また会ってみたりして、より深い知見を得ます。

テイクばかりでなくギブももちろんしたいので、僕からもいろいろな場所で得てきた経験を話したり、組むとイノベーションが生まれそうな友人を紹介したりします。

その結果、いろんな学生団体にも顔を出すことになり、かなり人間関係が広がってきました。


また、これまで会ってきた面白い方たちが企画したイベントには極力参加します。

これはなぜなら、彼らが自信を持って開催しているのでコンテンツに信憑性がある、自分が今後何かをするときに逆に応援してほしい、からです。

そうやって自分から主体的に動いて得た人脈は、本当に困ったときに私たちを助けてくれます。

例えば、僕は以前から名刺を作りたい!と言っているのですが、僕が頼めばすぐに作ってくれるデザイナーが身の回りには数人います。(デザインの方向性や僕の名義の都合でまだ依頼できてません)


人間関係を広げる、友達を増やすという行為は僕にとって全く苦ではありません。

なぜなら、新しい人と話すたびに新しい価値観と出会えて、新しい経験を知ることができるからです。

こんなに楽しいことはないです。


もちろん、イベントで会ったきり、SNSも交換せず疎遠になった人もたくさんいます。その人たちに執着してもしょうがないので、ご縁がなかったんだなと思っています。


そして、こういったビジネスライクの友人関係で難しいのは、距離感です。

SNSで繋がるので一期一会の関係では比較的ない、でも仲良くしすぎると遊びなどが他の予定を圧迫してしまいスケジューリングが難しくなる。

大学の友人や、僕が所属する学生団体TABIPPOのメンバーは一緒に過ごす時間が長いので、遊びの予定などはスムーズに組むことができます。

特定の人だけと仲良くする、親友数人いればそれでいいという考え方は僕にとってはリスキーです。どんどん視野が狭くなり、価値観が矯正される可能性があります。

つまり、めちゃくちゃ仲いい親友もいますが、親友も含めて関わってくれた人みんなを平等に扱う努力をしたい。対応に差をつけるやつなんてクソです。


フラットに仲良くしたい。それが自分のためでも他人のためでもあります。



エピローグ「少し先」


この文章は、元々ただの僕の思考の備忘録もつもりで書いているので、ここまで読んでいただいた方はわかるように、ストーリー仕立てで書くつもりは最初からありませんでした。考え方を項目別に分けて並べているだけです。

しかし、それぞれの考え方が独立したものではなく、シナジーがあり、僕自信の中では体系化されています。

細かいところを突き詰めだしたら矛盾点なんていくらでもあるでしょう。ずっとそれをデバッグしてられません。


考えていることをすぐ忘れるというのも、もしかしたら過去のことを忘れさせてくれる、メンタルヘルス的にはとてもいいのかもしれません。


また、「現在」だけを意識して生活することも現実問題できません。「少し先」のことを考えて予定を組まなくてはならないし、ましてや案件には期限というものがあります。


ここでいう「少し先」とは「今後3年半」のことです。

なぜ3年半なのかというと、単純に社会に出るまでの期間です。2年生があと半年、このまま全てがうまく行けば、来年4月から1年間休学してヨーロッパでの長期インターンを行います。そこから復学してさらに2年。

ここまでのことはある程度、かなりざっくりしていますが予定を立てています。いつくらいにどこにいて何をしたいか、くらいは考えていますがそれはまた別の機会に。


強いて、今後のプランで話せることがあるとしたら、どこかのタイミングで僕は起業すると思います。たくさんの起業家と話したり、起業家育成プログラムに参加して、僕は起業家向きなのではと思うようになりました。

それは、そもそも普通のバイトが得意ではないので、仮に就職した大企業でも、言われたことをやるだけという仕事は得意ではないだろうと感じているからです。

事業プランはありませんが、実現したいことならあります。

でも、それは今後のインターンやフリーランス活動によって変化する可能性もあるので、容易にここには書かないようにします。

社会をどうしたいとか、世界をどうしたいなんて願いはありません。僕はそのときそのときに合わせて適応します。


3年半後までのことしか考えてないので、好きなことやります。「人生いまが一番楽しい」を更新しつづけます。



20歳、よろしくお願いします。


西村知将









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音楽を作ったり、旅したりする20歳。noteは思考と活動の備忘録。
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