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失って気づいた愛着に

困ったなあ。

人の行き交う日曜日の駅前で一人、私は途方に暮れていた。悲しいだとか寂しいだとか驚きだとか、そんなわかりやすい感情は不思議と湧いてこない。ただ漠然と、困っている。

バイト先から突然面談があると知らされたとき、珍しいことをするもんだなとしか思っていなかった。しかも本社の人がはるばるやってくるらしい。2年半働いてきた中でそんなこと一度もなかったから、従業員の意見を聞いて何か体制を整えようとでもしているのかと予想していたのに。

来月、バイト先が閉店するらしい。まあこのご時世よくある話ではあるし、うちの場合店が入っているビルとの契約満了とビルの改装時期が重なった結果らしいから、決して潰れるわけではないようでほっとした。閉店することには変わりないけれど。

ついさっきまで、何か不満がないか聞かれたら「シフトをもう少し増やしてほしい」だとか「店長を休ませてあげてほしい」なんてことを言ってやろうと意気込んでいたので、本社の人たちを前になんとなく居心地が悪くなった。よくよく考えてみたら、そんな大層なことでもないと地方の片隅にある店舗まで本社の人間がわざわざ訪れることなんてないのだ。

それにしてもタイミングが悪い。ここは唯一の収入源だったというのに、就活直前のこの時期に今更新たなバイト先を見つけるのは難しい気がする。どのみち閉店しなくてもしばらくお休みをいただくつもりだったし。この頃出費がかさんでいた上にこの知らせが来たので、もう私の財布は踏んだり蹴ったりだ。


気がついたときには、欲しいものもないのにあちこちの店を渡り歩いていた。本屋を覗いてみたり、雑貨屋でかぶりもしない毛糸の帽子を物色したり、ついには無印で家具を眺めはじめたので、さすがに落ち着かないとと胸に手を当てた。私は私なりにショックを受けているらしい。お腹がすいていたわけではないのだけれどちょっと一息つきたくて、目についたカフェに足を踏み入れた。

サークルの新歓で先輩に誘われて、大学入学直後からずっと続けているこのバイト。人生初めての労働で苦労も多かったし、自分の仕事のできなさに幾度となく落ち込んだ。それでも給料やバイト仲間にお客さんの質まで、何もかもの条件がよかったおかげでここまで続けてこられた。正直、これ以上好条件のバイト先に再び巡りあえる気がしない。

店長はいつ本社に戻るんだろう(というかいつ過労でぶっ倒れるんだろう)と考えたことはあったけれど、まさかこの店もろともなくなることになろうとは。想像以上にお店と、みんなとの別れが早まってしまったことに焦りを感じる。給料がよくなかったらとっくに辞めてんだからな!という思いで働いていたはずなのに、私も案外愛着を抱いていたらしい。

そういえば数日前のバイト中に、常連の子連れのご家族を見た店長が「泣きそう」だなんてつぶやいていたのを思い出す。「ついこないだまでこーんなだったのに~」とそこのお子さんを愛おしそうな眼差しで眺めていた店長。今思えば、あれはその子のこの先の成長が見られなくなることへの寂しさからのものだったのかもしれない。


チェーン店ではあるものの、地元の人たちに愛される店だったと思う。愉快なお客さん、優しいお客さん、不思議なお客さん、いろんな人に出会ってきたけれど、これからはもう、その人たちに会えることもなくなる。

うちの商品、おいしかったのに、もう食べられなくなるんだなあ。カフェで無意識に頼んでいたものはうちの商品にどことなく似ていて、思わず天を仰ぐ。

困っている。この先どうするべきかということにも、この感情のやり場にも。


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