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ショート・シナリオ「バーンアウトなんか怖くない」

○「こころのクリニック」・外観
    雑居ビルの中にある心療内科のクリニック。「こころのクリ
   ニック」という看板がでている。
○同・診察室
   中野美香(26)が診察を受けている。
医師「最近、ちゃんと眠れていますか」
美香「(少し考えて)いやな夢をみることがあります」
医師「たとえば、どんな夢ですか」
美香「誰かにいわなくちゃならないことがあるのに、声がでない
 んです。でも、誰に何を言いたいのかがわからないんです」
   カルテをのぞきこむ医師。
   医師の横顔を見つめ不安そうな美香の顔。
   ×    ×    ×
     登場人物
     中野美香(26)児童相談所職員
     佐藤 泉(26)モデル
     佐藤こころ(6)佐藤泉の子
     下山智子(40)中野美香の上司
     精神科医

   ×    ×    ×
   
○子ども家庭センター・外観
   児童公園に隣接する合同庁舎。
   「子ども家庭センター」の看板。
○同・事務室
   「虐待防止2係」のプレート。ミーチング中。
    係のなかで一番若い美香は末席に座っている。
    中央の係長席には、下山智子(40)が座っている。
智子「来年小学校にあがる予定の児童を対象にした修学前検診が
 行われましたが、来なかった児童が何人かいます。
 そのうち、幼稚園や保育園、親ともまったく連絡がとれなかっ
 たケースについては実態調査を行いたいと思います」
    智子は、係員をざっと見まわし、美香のところで目を止める。
智子「中野さん、どうでしょう。この調査を担当してもらえますか」
美香「あの、わたし、ひとりでですか。係長」
    係員の視線がいっせいに美香に集まる。
美香「(おずおずと)わかりました。やってみます」
智子「困難ケースがあったら、いつでも相談してくださいね」
   溜息をつき、肩を落とす美香。

○高級マンション・外観
   マンションをみあげる美香。
○同・ゲートロビー
   オートロックの前に立つ美香。
   部屋番号を押す美香。チャイムの音。
   佐藤こころ(6)が受話器をあげる音。
美香「佐藤さんのお宅ですか」
こころ「(泣きそうな声で)ママはいないの」
美香「こころちゃんですか。こころちゃんの行く小学校から大切な
 お手紙を持ってきました。ママはお出かけですか?」
こころ「だから、まだ、帰ってこないの」
美香「(ゆっくりと)帰っていないの?」
こころ「そお、まだなの」
美香「こころちゃん、ご飯たべた?」
こころ「だから、まあだ、たべてなあい」
美香「大丈夫?おなかすいてない?」
    ブチっと回線の切れる音。
    不安そうにたちつくす美香。

○美香の自室
   女の子らしい雑貨にかこまれた美香の部屋。
   ベットに寝ている美香が、苦しそうにうなされている。
   美香、ガバっとベットから起きあがる。
美香「夢か…」
   枕元の目覚まし時計は午前4時をさしている。
   溜息をつく美香。

○タワーマンション・外観(夜)

○同・玄関ロビー
   オートロックの前に立つ智子と美香。
   チャイム音。佐藤泉(26)が受話器を上げる音。
智子「佐藤泉さんはいらっしゃいますか」
泉 「こんな時間になんですか」
智子「泉さんですか?教育委員会から」
   智子の話を遮るように
泉 「役所の人でしょ。手紙読みましたから。明日ご連絡します」
   ブチっと回線の切れる音。

○カフェバー
   おしゃれなバー。
   美香と智子がカウンターに座り並んでお酒を飲んでいる。
   美香はかなり酔っている。
智子「だいぶストレス溜まっているようね」
美香「係長は、この仕事、楽しいですか」
智子「楽しいってことはないけど、やりがいは感じてるかな」
   美香、目が座っている。
美香「バーンアウト、燃え尽き症候群だそうです、わたし」
智子「お医者さんからそう言われたの」
美香「そうです。やっぱり、わたしには無理なんです。この仕事。
 結婚もしていないし子どももいないわたしに、わかる訳ないじゃない
 ですか。虐待なんて。自分の子をネグレクトする親の気持ちなんて。
 される子どもの気持ちだってわからない。虐待されてても、
 子どもは親をかばうじゃないですか。そんな親子の中に、なんで、
 敵として登場しなきゃならないのか。わたしがって。
 昼間会えないから、時間外に訪問しても邪魔者扱いでしょ。
 まるで、サラ金の取り立て屋みたいに扱われて…なに考えてんだか」
   泣きそうになる美香。
智子「中野さんの思うようにやればいいのよ。
 何も怖がることなんかないんだから」
   智子、優しく美香の肩をたたく。

○子ども家庭センター・相談室
   机をはさんで、美香と泉が向かい合って座っている。
   最新のファッションに身を包んだ泉。
泉「(面倒くさそうに)引っ越すかも知れないんで、連絡しな
 かっただけです。特に意味はないんで」
   泉を見ている美香が、ハッと何かに気づく。
美香「あの、ひょっとして、川端リナさんじゃありませんか。
 あのモデルの」
   険のある表情だった泉の態度が急に変わり、
   モデルのように足を組みなおす。
泉 「そうですけど、それがなにか」
美香「たしか、川端さんはあのティーン向けファッション誌
「キャンディ・レディ」の読者モデルでしたよね」
   泉、急にうれしそうな顔になる。
   
○タワーマンション・外観

○同・佐藤泉の自宅・リビング
   室内はブランドものの服やバックであふれている。
   こころがひとり遊びをしている。
   ソファに向かい合って座っている泉と美香。
泉 「結局、ここの家賃も払いきれないの。だから、今月末には
 引っ越そうと、引っ越し先探してるけど、見つからなくて」
美香「お仕事は?」
泉 「モデルの仕事はここんとこずっとはいっていないわ。
 貯金も底ついたし、あとは水商売ってお定まりのコースよね。
 わたしなんか、ほかにできることないし。」
美香「こころちゃんは?」
泉 「子どもがいるって言わないで、仕事してきたから。
 ずっと実家で面倒みてもらっていたんだけど。
 来年はこころも学校でしょ。
 そろそろって、引き取ってはみたものの、この始末じゃ、
 やっぱり無理かな。親子だけで暮らすのなんて。
 かといって、また、実家に泣きつくのも疲れちゃって」
   さびしそうに笑う泉。
   美香、すかさず身を乗り出し
美香「ひとり親家庭の支援がどれだけあるか知っていますか?
 もちろん、十分じゃありませんが、母子家庭むけの貸付金だってあ
 るし、いざとなったら、生活保護受けたっていいんですよ。
 家賃がタダの母子寮っていうのもあって、、、」
泉「なんか、役所に頼るなんて惨めじゃない」
美香「なに言ってるんですか。頼ってるんじゃないです。
 支援や福祉を受けるのは、国民の権利なんですよ。あ!」
   美香、しまったという顔をして
美香「すみません。公僕であるわたしが、偉そうに言っちゃって」
   泉、美香のちじこまる様子を見て、くすっと笑う。
美香「ひとつひとつ、問題をどうしたらいいか、わたしも一緒に考え
 ますから。あきらめないで。こころちゃんのためにも、
 いいえ、自分のためにも、ね」
   美香に励まされて涙ぐむ泉。
   こころが、二人の様子をじっと見ている

○児童公園
   タイトル・2年後
   出張帰りの美香が歩いている。
   美香の前でクリーニング屋のライトバンが止まる。
   車から降りてくる泉。エプロンにGパン姿の泉。
泉 「お久しぶりです。あいかわらず、お忙しいようですね」
美香「ああ、泉さん。お元気でしたか」
   ランドセルを背負ったこころが、走ってくる。
   こころが泉に飛びつく。
   泉、よろけながら、笑顔になる。
美香「こころちゃん、大きくなったね」
泉 「ようやく、こうやって、甘えてくれるようになったの」
美香「泉さん、えらいな。頑張っていますね。ヨガのインストラ
 クターもやっているんでしょ。」
泉 「ええ、ダブルワークでがんばらないとね、
 子供ってけっこうお金かかるのよね」
   にっこり微笑む泉。
   美香をみて、あらたまった顔になり、
泉 「中野さんには、本当に感謝しています。
 あのとき、あなたに会えなかったら、わたし、今頃、どうなっていたか」
   美香、あわてて、顔の前で手を振り、
美香「もう、何いってるんですか、やめてくださいよ。
 わたしは何にもしてませんてば。泉さんが頑張ったんですよ」
   泉、照れ笑いをするが、満足げな表情。
   泉、こころと一緒にライトバンに乗り込む。
   走り去るライトバン。
   美香、手を振って、見送る。
   児童公園に夕日がさしている。

○子ども家庭センター・入口
   「子ども家庭センター」の看板。

   中に入っていく美香の姿。




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