カジュラホ_祭り

【旅行記】インドのカジュラホが最高だった話

普段営業マンをやっている僕は、会社のGW休暇を利用して一人旅立ち、平成から令和になる瞬間を北インドのジャイプルという街で過ごした。ジャイプルは、別名でピンクシティとも呼称される。

牛やイノシシや野犬が縦横無尽に街中をひた走る、まさに非日常的なインドの異世界っぷりを目の当たりにして、日本の新しい時代の移り変わりを感じる余裕すらなかった僕は、日本から時差3時間30分遅れのジャイプルの街を飄々とし、明らかに“やべー雰囲気のレストラン”でただいたずらにカレーとナンを食べに出かけている最中だった。

そして、見事に令和初日に腹を下すことになる。


それはさておき、僕はたったの11日間でニューデリー、ジャイプル、アーグラ、カジュラホ、バラナシを旅しようと企てていたから、デリーからジャイプル、ジャイプルからアーグラの所謂ゴールデントライアングルと呼ばれている3都市間を、10,000Rs(約16,000円)で専属のドライバーを雇って効率的に移動し、アーグラからカジュラホ、カジュラホからバラナシまでは予算を抑えるために寝台列車で移動する運びとした。車の移動はあまり面白いものではないのだが、まあこれも会社員バックパッカーとしての宿命だ。

ジャイプルやアーグラで出会ったインド人たちは正直言ってかなりウザかった。

日本では非合法と知りながらマリファナ(大麻)を高値で勧誘してきたり、リクシャーのドライバーは「40ルピー(60円)」を「40USD(4,500円)」と詐欺ってきたり、街の人間が土産物を買わせるために強引にバックパックを引っ張ってきたり、入場料無料と最初に謳った象キャンプでいきなり金をせびってきたり。

とりわけ危険な目に遭ったわけではないが、この時点で結構インドのことを嫌いになりかけてはいた。

特にジャイプルの次に訪れたアーグラではとにかくいい思い出がなかったので、さっさとカジュラホへ向かいたい一心で、明るいうちに駅へ移動し電車が来るまで外で浮浪者のごとく雑魚寝をした。

そんな波乱万丈な前半の旅とは打って変わり、アーグラから8時間寝台列車で移動した先にある田舎の村、カジュラホという町でこの旅史上一番の出会いを果たすことになる。

カジュラホは人口3万人程度の小さな村だ。

ミトゥナ」と呼ばれる男女が交錯するエロティックな像の群が特徴の遺跡が村の東西南北にあり、それら全てが世界遺産に登録されている。

早朝、僕を乗せた寝台列車がインドのカジュラホ駅に到着し、その場にいた髭を蓄えた20代後半ぐらいの優しそうな男性アマンにリクシャー(トゥクトゥク)で村の中心まで連れていってもらった。

彼は、「これから友人と朝食を食べるから一緒に来ないか」と陽気な雰囲気で僕を誘ってくれた。ジャイプルやアーグラで軽く人間不信に陥っていた僕だったが、彼は全く悪いヤツには見えなかった。

どうやらこの小さな村ではよほど日本人が珍しかったのか、「一緒にカジュラホでの思い出を作ろう」と本心で彼が言ってくれているらしいことが分かった。

何やら朝のヒンドゥー教儀式を行っていたその朝食会場では彼の友人が2人ほど待ち受けていたのだが、内1人は話を聞く限りゲストハウスのオーナーをしているらしいことが分かった。

彼の名前はサリー。彼の宿はホームステイタイプのゲストハウスで、宿泊客も1日限定3組までだという。

僕は南インド料理のドーサと呼ばれるクレープのような生地の長太い物体を頬張りながら、「どうせ今夜行くところもないから泊まらせてくれ」と彼に言い、450ルピーで交渉成立。
早速バックパックを置くために彼の宿へ向かった。

宿舎は村から外れた砂利道の途中にある、それはまさに宿とは程遠い「家」そのものだった。

案内された部屋はお世辞にも綺麗とは言えなかったし、シャワールームにはまあまあのサイズのコオロギが数匹ほど群がり、鬱陶しく鳴いていた。
挙げ句の果てに5月の体感気温が45度近くにも及ぶその街にはとてもそぐわないエアコン無しの部屋ときたもんだ。
(かろうじて扇風機はあったが、驚くほど効いていなかった。)

あまりにもしんどい時は唯一冷房がキンキンにキマった彼の部屋に居座らせてもらった。こういうフリーダムな感じがいかにもホームステイ宿っぽい。好き。


サリーは、今までジャイプルやアーグラで出会ってきた悪いインド人たちのイメージを払拭してくれるぐらいに、とても優しかった。

初めてカジュラホにやってきた僕に、チップをせびる様子もなく、世界遺産の遺跡群やマーケットなどを厚意で案内してくれたのだ。

特に喜ばしかったのは、サリーやアマンが出会わせてくれた村の人々が、僕という人間を心の底から歓迎してくれたことだ。

街全体も小さいので、朝すれ違った人とは夜もまたすれ違う。
そして、しがない外国人観光客の僕をしっかり村の一員として受け入れてくれる。

一緒に歌ったり、踊ったり、チャイ(インドのお茶)を飲んだり。

そんな愉快な経験がインドで出来るとは数日前までは思ってもいなかった。

嫌いになりかけていたインドを好きにさせてくれたゲストハウスオーナーのサリーやドライバーのアマン、そして、村の人たち。彼らには心から感謝しているし、またカジュラホに訪れる理由が一つ出来たような気がしてすごく嬉しかった。


※サリーは左の青服の男性、リクシャードライバーのアマンが赤服の彼、右は友達の変顔おじさん(僕の写真をインドのSNSにばらまいた男)。
※そして、机の上にある物体が南インド料理のドーサ。

インドにまだ行ったことのない方は、イメージ的に「怖い」という先入観がまず働くと思うが、実際問題僕は危険な目(マリファナを除く)には一切遭っていないし、こういった素敵な出会いもきっと行った先々であると思う。

僕はまた近いうちに彼らに会いに行くと思うし、是非皆さんにもカジュラホには行っていただきたい。

優しい非日常体験を味わいたい人には是非ともオススメをしたい街だ。

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