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41 社会規範と婿の気持ち

妻と義母が言い争っていたので聞き耳を立てた。近所の人が義母に対して善意でしてくれた事に対し、義母がお金を持って行かなきゃと言ったのが始まりらしい。善意は善意として喜んで受け取っておけば良いのだというのが妻の言い分だ。お金の話にすり替えるなと。婿としてはどちらもごもっともと言う顔をしていなければならない。しかし真意としては、もし自分が近所の人の立場であれば、そのために費やした時間を少額の謝礼に置き換えられたらたまらないと思う。自分が仕事の場で時間相応の見積りを出せばとても謝礼として手渡されるような金額では収まらない。
 
コロンビア大学のナフム・シヘルマン教授が日本で剣道を学んでいた際、剣道の先生は生徒たちから稽古代を集めなかったと言う。申し訳ないと思った生徒たちは謝礼を支払いたいと申し出たが、先生は竹刀を置くと静かにこう言った。「私の稽古代は高すぎてあなたたちでは支払えないだろう」と。
 
行動経済学者のダン・アリエリーは、通りすがりの人にトラックからソファーを下ろすのを手伝ってくれないかと依頼する実験をおこなった。人々は無料でなら喜んで働いた。そして労働に見合う賃金を支払っても喜んで働いた。しかし、少額の支払いをすると申し出ると、そのまま立ち去ってしまった。
 
ある時、全米退職者協会では複数の弁護士に声をかけ、1時間あたり30ドル(約3,300円)と言う低額で困窮者の相談に乗ってくれないかと依頼した。しかし弁護士たちは断った。弁護士の時間あたりの金額はとてもその様な額ではないからだ。しかし相談に無報酬で乗ってくれないかと頼むと圧倒的多数の弁護士が引き受けると答えた。
 
これらは人の行動の動機としての「社会規範」と「市場規範」の話である。人や社会の役に立ちたいと言う気持ちの上で行動することを、社会規範にもとづいた行動と言い、対価を得るために行動することを市場規範にもとづく行動と言う。
 
イスラエルの託児所で、子供の迎えに遅れて来る親に罰金を科した。すると迎えの時間に遅刻する親が増えた。罰金が科される以前は、託児所と親の関係性は社会規範にもとづいており、親は時間に遅れると申し訳ない気持ちになって次は遅れないようにしようと努めた。しかし罰金が科された事で親たちの判断基準は市場規範となり、罰金が科されるのだから遅れるも遅れないもこちらの勝手だと思うようになったのだ。託児所の思惑は外れてしまった。そこで託児所は罰金制度を廃止したのだが、親たちの遅刻は減るどころか益々増えた。いちど市場規範が適用されたことで社会規範が消失し、その上罰金も無くなったのだから当然のことだ。
 
デートの場で彼女や彼氏に満足して貰うためにどれだけのお金を使ったのかを話せば、それまでの信頼は一気に崩れ、それを取り戻す事はほぼ不可能だ。社会規範を適用すべき場所に市場規範を持ち込むと、社会的な人間関係は壊れ、修復はかなり困難である事を自覚しなければならない。
 
社会規範と市場規範のどちらを適用すべきかは、状況によって個別に判断するしかない。しかし、人との関係性に市場規範を適用するには限界がある。手持ちのお金には限りがあるし、相手だって同じだ。反対に、社会規範・・相手の役に立とうという気持ち、社会に貢献しようとする心構えを増やして行く事は無限に出来、さらに社会規範によって醸成された人間関係は市場規範をよりスムーズに運用するための基礎となる。社会の基礎は善意だ。お金ではない。

*今週の参考図書
・『予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 』ダン・アリエリー  2008年/早川書房

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