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生きている・とりマリ&エゴサーチャーズ 11/27下北沢440

とり・みきがTwitterから姿を消したのは、月のきれいな夜だった。そしてみんなのTLは少し寂しくなった。


「このおつまみセット300円ですよ?」とイトケンがTwitterに小さなお盆にキレイにならぶ小鉢の画像をUPした。すごい反響だったらしい。わたしも思わずそのお店連れていってくださいとリプをした。

少しして「グルメ情報よりも、ライブ情報がRTされる世の中になりますように」と、イトケンがTwitterに書き込んで、そのときに、バンドのことをいろいろ聞いてみたいなーと思った。

そして今、目の前に300円のおつまみセットとビールとウーロン杯をはさみ、「とりマリ&エゴサーチャーズ」のベース担当イトケンこと伊藤健太とキーボード担当葛岡みちがいる。

「とりマリ&エゴサーチャーズ」は、とある下北沢のBARのイベントのために組まれたイベントバンドである。そもそもバンマスのとり・みきも、歌姫のヤマザキマリも、マンガ家であって音楽家ではない。

エゴサーチャーズはイトケンと葛岡みちと「日本人ならだれでも知っている超メジャーバンドの」(イトケン談)ウルフルズのドラマー・サンコンJr.を加えて3人。音楽で飯を食っているプロのバックアップを得て、マンガ合作で気が合った音楽好きなマンガ家ふたりが、知人のBARのイベントで好きに楽しむ。まあ、よくある感じだ。
葛岡みちとイトケンは、今回のマンガ家ふたりと仲良しの飲み友達で、件のBARの常連でもあって、すぐに一緒にやろうということになった。サンコンJr.さんは、他のバンドに参加するために「当日いるんだから、お願いしてみよう、ということになって」偶発的に加入となったそうだ。

所詮といっては失礼だが、身内のパーティのためのバンドである。ところが意外にそのあとも別のイベントに参加して、そして今回はワンマンライブ。続いてしまった。バンドとして成立してしまった。

「楽しすぎた」葛岡みちは笑う。「サンコンさんが、このバンドだけは絶対にやる!って、次のイベントにも来てくれて」イトケンも笑う。
「とにかくね、マリさんのボーカルがすばらしすぎた。いろんなものを超えている。マリさんのボーカルのためにやれることやりたいね、って感じで。」

アレンジとかは誰がどんな感じでやっているの?という私の質問は、意味がなかった。「スタジオに入って、じゃあやってみようか」と音を出し始めると、「そのままなんとなく」できてしまうのだそうだ。アレンジの仕事も多く手掛けている葛岡が説明を続ける「とりさんのバンドだから、とりさんがまずできることをやるじゃないですか。そしてああこのコードが間に合わんかというところは、私がキーボードで拾って出していく。とりさんのバンドですから、もちろんそうします」

とりさんの頭の中にあるものを、ひとりで出力せずに、みんなが足していって、ひとつの音を作る。

それまで黙っていた、同席していたライターのカマタくんが「マリさんとの出会いは、とりさんにとってすごい救いだったように思える」とふいに口を開いた。あれかな?多摩川の殴り合い事件*注1「そうそう、ちょっと楽しみとして、音楽を続けるかどうかとなっていたところに、マリさんが」「あの圧倒的な歌唱力で」「とりさんは、けっして歌がうまいわけじゃない。中川とのユニットのときもメインボーカルは中川で、自分はハモリとコーラスでサブに回っていた」拾えないコードは葛岡が拾い、歌いきれない歌はマリさんが歌う。葛岡が言葉をつづける「27日はワンマンなんだから、とりさんももっとボーカル取るとか、前に出たらいいのに、といったら、いやいやいやと承服しない。きっとマリさんが歌うほうが、自分の思う世界に近いんだと思っているんじゃないのかな」

多分、マリさんとの出会いに関しては、マンガのほうも「プリニウス」のすさまじさを読めば、これだけ自分の技術をぶつけてもびくともしないばかりか、より精彩を放つヤマザキマリの世界観と表現力に救われているのがわかる。そもそもとり・みき、漫画家としては、合作や共作が多い。大学在学中に、本人曰く技術不本意のまま、連載しながらプロとしての技術を磨いていた、ひとりで描くという作業は孤独だったからという理由もあるけれど、共作が多いのは、自分以外の作家はすばらしい、というそもそものコンプレックスからの行為だったからではと予想してみる。キャリアを重ねるうちに、自分も誰かの役に立てることという技量がついた。自己能力についても客観視できる。海千山千の才能が溢れるこの業界で、この客観視できる能力は自分に刃を向けることもあったかもしれない。誰かと作業をするときは、相手の良さを壊さないように、自分ができることはなんだろうと考えていたとり・みきは、しかし同時に自分のマンガと自分の音楽が大好きで、寝る前には自分の歌と演奏が入ったテープを聞きながら、自分の単行本を読み返すのが幸せだとも言っていた。ヤマザキマリが現れるまで、存分に大好きな自分の音楽と自分のマンガをぶつけて、それでもへっちゃらでもっと良い部分を差し出してくる相手がいなかったのかもしれない。

プロレスに例えると、こういうマッチメイクは裁き手であるレフリーの役割をする編集担当者が重要だ。好敵手のマッチメイクは、レフリーによって名試合にも、駄試合にもなる。聞いていると、とりマリ&エゴサーチャーズのレフリーは、葛岡の役割のようである。とり・みきの選曲と自在なヤマザキマリのボーカルを自由に戦わせまとめあげれば、リズム隊の男子はサルのように気持ちよくグルーブをキープすることは容易すぎる。葛岡みちのステージはいろいろみてきたが、ベテラン勢の多い現場では、末っ子の優等生として過不足なくかわいい花を添え、暴走気味の若いメンバーのいる現場では、何がカタチになり、なにがならないかを客席目線でジャッジして進行をさばいていく。いわゆる編集能力のあるミュージシャンである葛岡がいれば、誰もが安心して自分の持ち場に集中できる。なんかどえらいことになっているなというのが、はたから見た感想だ。

わたしがそんなことを考えている間に、バンドメンバー唯一の独身であるイトケンが、自分の恋愛観の話をしている。「おれはね、彼女が私の全てをぶつけても受け止めてくれないと文句いうのは、甘えだと思うんですよ。おれは彼女の親でもないし、兄弟でもない。結婚して夫となれば、まだ違うかもしれないけれど、血のつながりもなければ、家族でもない状況の人に全部受け入れろといわれても、それは違うなと思う」

ところでイトケンは、なぜベースを始めたの?

「それはかっこよかったから。音楽に関していえばピアノをずっと習っていたんだけど、バンドをやるとなると絶対にベースで。でもベースってひとりで弾いても全然楽しくないんです。誰かがギターとか、ドラムとか他の楽器を持ってきて、アンサンブルで合わせてやっと楽しくなる、かっこいいと思って始めたけれど、誰かがいないと、かっこよくない」

誰かがいないとかっこよくない。ソレハミンナオンナジヨ。

そんなイトケンが、とり・みきが自分の神だというのが、おもしろい。作品も生き方もたたずまいも、あこがれてやまないという対象が、同じミュージシャンじゃなくて、マンガ家なのがおもしろい。マンガ家だから、ひとりで世界も作れるのに、わざわざ合作したり、バンド組んだりするのは何故なんだ。そしてそんな人に憧れてしまうのは、イトケンがベースマンだからなのか。

イトケンに過去の恋愛話を聞く。

「年下のすごいかわいい子とつきあいかけたんですよ。でもその子、おれのことが好きすぎるんです。会うとおれのことだけじーっとみつめたままで、ちょっとおれが何かしたり、言ったりすると、イトケンかっこいいーっていう。それは違うんじゃないか、良くない感じだった」

人から神だと思われて違和感感じたイトケンが、人を神と思うことで誰かに寂しい思いをさせてないといいなと思いつつ、27日の本番は、人は、人に会わないと生きていけないような感じにできているということを、楽しめ、苦しめ、思い知れというライブになることを確信した。

月のきれいな夜にTLから出ていった人に、また会える。お互いに生きているから。


「とりマリ&エゴサーチャーズ秋のワンマンライブ」
2014・11・27(木)19:30開演  全席自由3500円
下北沢440 東京都世田谷区代沢5-29-15 SYビル1F
チケット e+にて発売中(ライブタイトルで検索すると吉) 

*注1 とり・みきが中川いさみと組んでいたフォークトリオ「GERA」は、中川がメジャーデビューすることで自然解散状態である。その発端として、互いにマンガが本業なのだから、音楽活動は「趣味」でがんばっていこうという暗黙の了解が、中川にプロデビューの声がかかったことで均衡が崩れた。河原の夕暮れ時に呼び出されて「もう自分は違う」「わかったおまえはプロに行け」と殴り合ったことが原因とされている。またどちらがどちらを呼び出したのかなどの詳細は不明。なお、もうひとりのメンバー原田潤はベーシストのため、この問題に対してはなすすべはなく、本業にさしさわりのない程度でアマチュアとして、別のバンドで音楽活動を続行している。

*注2 まついなつきが80年代の宝島を思い出し、昔取った杵柄で酔った勢いで適当に書きましたが、27日のライブ情報は本物です。お時間ありましたらほんとに楽しいので是非!




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