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Jクラブが農業を始めることになったきっかけ|「スマイル山雅農業プロジェクト」インタビュー vol.0 松本山雅 渡邉はるか


2018年に立ち上がった、松本山雅FC(以下、山雅)のホームタウン活動「スマイル山雅農業プロジェクト」。
青大豆「あやみどり」の栽培を通じて「遊休農地の活用」・「地域住民の交流活性化」・「青少年の育成」に貢献できるよう取り組んでいます。

ホームタウン活動:Jクラブチームがホームタウンの人々と交流し、地域に愛されるクラブとなるために行うさまざまな活動。

このプロジェクトを立ち上げから担当しているコミュニティ推進部の渡邉はるかさんに、プロジェクト発端の経緯や、進めていく上で感じたこと、プロジェクトの未来について考えていることを聞きました。

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(株)松本山雅 渡邉はるか

山梨県出身。松本大学卒業後、長野県中信地域内で4年間小学校の教員を務め、特別支援学級の担任として障がいを持った子どもたちと関わる。2018年に(株)松本山雅に入社。コミュニティ推進部に所属し、ホームタウン活動、またオフィシャルマスコットのプロモーションを担当している。

松本山雅ホームタウン活動


ーー「スマイル山雅プロジェクト」が発足した経緯について、改めて教えてください。

私は2018年に松本山雅に入社したのですが、そのタイミングがちょうど会社全体でホームタウン活動に対して課題意識を持ち始めていた頃でした。
それまでは、地域の方々からお話しをいただき、サッカー教室を開催したり、地域イベントへの出展、企業や学校での講演など、依頼を受けて実施する活動については、どうしても単発で終わってしまい、その後の発展や継続性がないというのが課題として見えているところでもありました。もちろん依頼をいただけることは本当に有り難いことでありますし、その活動を継続させるためには?活動をさらに発展させるためには?より地域のためになる活動を行っていくには?と改めてホームタウン活動の在り方について振り返る時期でありました。

ちょうど同時にJリーグ全体でも、ホームタウン活動の発展型としてJリーグの社会連携活動「シャレン!」がスタートし、社会をより良くしていこうという流れができてきた時期で。

「シャレン!」(Jリーグ社会連携):社会課題や共通のテーマ(教育、ダイバーシティ、まちづくり、健康、世代間交流など)に、地域の人・企業や団体(営利・非営利問わず)・自治体・学校などとJリーグ・Jクラブが連携して取り組む活動。
・シャレン公式サイト

もっと地域の課題を解決できる取り組みを長期的に継続して行っていきたい・・という思いが生まれはじめ、これをきっかけにできることを探して、「スマイル山雅プロジェクト」誕生に至りました。

ーーなぜ、「あやみどりの栽培」が活動の軸になったのでしょうか?

私が入社した理由のひとつに、「地域の子どもたちの生活・教育環境を豊かにしたい」というものがありました。

松本山雅入社前は小学校の教員をしていたのですが、引き続き子どもたちや教育に関わっていきたいという思いは強く持っていて、「子どもたちに、松本山雅でサッカー以外のことも学んでもらえたら」と思っていました。

同時にホームタウン活動の担当になったので、「地域」と「子どもたちの教育」に対して、山雅はどういう形で貢献できるのか、ということを考えながら過ごしていました。

ある日、たまたま別件でお会いした松本市農政課の方にぽろっとそんな話をしたところ、「ちょうど市の農業委員会で“遊休農地が増えている中山地区をなんとかしたい”という声が上がっていた」という話を伺いました。

農業であれば、子どもたちが食について学ぶことができ、地域の人々との交流ができる場になるかもしれない。さらに、地域の課題解決にもなり継続的な取り組みにもしていけたら、ホームタウン活動にぴったりだと思い、すぐに社内で提案しました。
農政課の方にも、農業委員会の会長や生産者直売所の社長などをすぐにご紹介いただき、皆さんにご協力いただきながら山雅の農業プロジェクトがスタートしました。

ーーそこから「スマイル山雅農業プロジェクト」になっていったんですね。

「スマイル山雅農業プロジェクト」という名前も、正直言うと、皆さんと話しながらこれだ!と思って結構勢いでつけたプロジェクト名だったんですが(笑)、今ではかなり浸透してきたので良かったです。

プロジェクトとしては、ユースアカデミーの子どもたちや農家の皆さん、障がいを持つ方々に、種まきや収穫のタイミングで参加してもらい、収穫したあやみどりは直売所やイベントで販売したり、地域の保育園で給食として提供したりしています。

◼️プロジェクトの詳細はこちら:松本山雅のホームタウン活動「スマイル山雅農業プロジェクト」まとめ

障がいを持っている方々には、障がい者の就労支援を行っている事業所を通じて声をかけさせていただき、あやみどりの収穫・選別、流通用の袋詰めなどをお仕事として担当していただいています。
教員時代、特別支援学級の担任もしていて何かしらの障がいを持つ児童たちと関わっていてそれぞれの子の将来のことを日頃案じていたこともあり、障がいの有無にかかわらず誇りと自信を持って働ける環境づくり、ということにもチャレンジできたらなと密かに思っています。

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ーープロジェクトがスタートした当初、ハードルになったことはありますか?

やはり、最初は社内でも「サッカークラブが農業?」という疑問はあったかと思います。ホームタウン活動や地域全体の課題が明確になっていない状態で、山雅が農業をすることの意図もうまく伝えられていなかったと思います。
「なんで豆なの?」という声もありましたしね。
今は社内のいろんな人たちに、大豆の栽培や収穫後の活動にも関わってもらい、プロジェクトの意義も浸透してきています。

ーーそういえば、なぜあやみどりを栽培することにしたんですか?

もちろん、あやみどりが「緑の大豆」なので、チームカラーの緑と同じというところで選んだ部分は大きいですね。ホームタウンの塩尻市で生まれた野菜であることもありました。さらに、大豆はたんぱく質などの栄養が豊富で、スポーツチームが打ち出していく農産物としてはぴったりだし、豆乳やきな粉など、加工品の幅も広いです。

あとは、教員時代に授業の一環で野菜を何種類も育てるという経験をさせていただいたので、一般的な野菜の収穫頻度や手のかかり方はだいたい把握していて。大豆は収穫時期が年に2回あってイベント化もしやすいし、保存も効くので、「これは、大豆いけるんじゃない?」と(笑)

ーー今までプロジェクトを進めてきたなかで印象に残っていることは何ですか?

嬉しかったのは、山雅にあまり興味がなかった農業委員会の会長さんが、一緒にプロジェクトを進めていくうちに試合に興味を持ってくれるようになりました。今では会うたびに「昨日は勝ってよかったね!」などと、試合の勝敗を気にしてくれていて、会長さんから声をかけてくれます(笑)プロジェクトメンバーとして関わるうちに山雅自体を気にかけてくれるようになっていたんですね。

地域の皆さんに応援されるって、こういうことなんだと実感しました。クラブとして、ホームタウン活動に注力する意味はあるなぁと、自信を持つことができました。

もうひとつは、障がい福祉サービス事業所を通じて働いてくださっている方のご家族が、「うちの子どもが、「今日は山雅の仕事だったんだ!」と嬉しそうに帰って来た」というエピソードを教えてくださったことも印象に残っています。このプロジェクトを誇りに思ってくれているんだと、とても嬉しく思いました。

さらに、あやみどりを仕入れてくれている飲食店さんが店内にスマイル山雅プロジェクトのポスターを貼ってくださっていて、収穫の仕事をしてくれた障がい者の方の親御さんがたまたまそのポスターを見て「うちの子も収穫のお仕事してるんです〜」というコミュニケーションがあったということを聞きました。


ーープロジェクトがコミュニケーションのきっかけになったんですね。

そうみたいです。

もともと松本山雅は街の喫茶店から生まれたクラブで、試合が地元のお祭りみたいになって地域と一緒に育ってきたところがあるんですが、今回は「あやみどり」という野菜・農業をきっかけに会話が生まれていたりする。山雅を通じていろいろな人たちと会話ができて、つながりができるように、あやみどりもそういう、地域の人たちをつなぐ存在になれるんじゃないかと、希望が持てました。


ーーこのプロジェクト全体を通して、どんなことを感じましたか?

プロジェクトを進める上で、前に取締役の方から言われたことで「皆が主体的に関われる部分を残しておくことが重要だ」という言葉があったのですが、自分だけが主体的にならずに一人ひとりが主役になって進めることの重要性を強く感じました。

このプロジェクトは、多くの人たちが協力してくださって成り立っています。自分一人で動かし続けることは避けたかったので、分からないことや悩んでいることも、包み隠さず相談しながら進めることを心がけています。
社内だけでなく地域のサポーターの皆さんに助けてもらいつつ、「地域のために」というプロジェクトの方向性がぶれないような舵取りはするように意識しています。
実際はそんなことしなくても、みんな自分からそうしてくれるんですが(笑)ありがたいことです。

ーーたしかに、渡邉さんのような力を貸したくなるタイプの人がリーダーだと、「自分が助けてあげなきゃ!」って思うような気がします(笑)

一番初めは、入社したからには結果を出さないといけないと思い、率先してどんどん進めていかなきゃ!と気張ってしまっていたんですが、メンバーである市の農政課の方から「本当に地域のためにやってるんですか?」と本気でご指導いただいたこともありました(笑)結果を出したいという私個人の思いが、プロジェクトの進め方に出てしまっていたんだと思います。

そんな自分の成果のためのような動き方をしているとやっぱり良い方向に向かわないし、自分らしくないなと思うようになり、参加してくれるみんなが主体性を持って関われるような、だんだん今のスタイルになっていきました。


ーーあやみどりの活動を通じて、今後どんな未来を目指したいですか?

個人的な大きな目標でいうと、子どもたちの教育に関わることと、障がいをお持ちの方もそうでない方も互いに共存し合える地域・社会をつくることを目指していきたいです。あやみどりを通じてそういった環境づくりや関係づくりに少しでも貢献できればなと。障害を持っているかどうかは関係なく、みんなが一緒に生活できるような環境が作れたらいいですよね。

そういった社会の実現に必要なことの一つに子どもたちの「他者理解」といった部分があると思っていて、例えば障害をお持ちの方々と子どもたちが触れ合う場を積極的に設けたりなどをしてみたいと思っています。

ーーさまざまな人が理解しあって共存できる社会を考えると、他者への理解といった価値観は必要ですよね。

そうですね。自分とは違う特徴を持つ人に会ったとき、そこに線引きをしてしまうかそうでないかは、幼少期の体験も影響する気がしていて。子どものときから、当たり前のようにいろんな人がいることを体験として知ることができたらいいなと思います。

直近は難しいかもしれませんが、試合が開催できるようになったら、ゆくゆくはホームゲームで子どもたちと障がい者の方々があやみどりを一緒に販売をする、などの試みもしてみたいと思っています。

ーー松本山雅として目指したいところとしては、どうでしょう?

私たちのように地域課題を抱えているのは松本だけではないと思うので、この仕組みを同じ地域課題のある他のクラブとも共有できればいいなと思っています。
実際に、今他のチームさんからこのプロジェクトについての問い合わせもちらほらあって・・農業を通じて、山雅と他チームが交流できたりしたらいいなと思っています。試合会場で、各チームのホームタウンの農産物を販売しあって、「試合の日はスタジアムで新鮮な野菜が手に入る」みたいな形をつくるのも面白いかもしれません。

あとは全体の仕組みだけでなく、こういったインタビューで実現までのプロセスを公開したり、例えば企画書や打ち合わせの内容なども、どんどん共有していきたいです。
私たちがひとつの良い事例になって、サッカー業界全体で、クラブチームと地域がお互いに良い関係性を築いていけたらいいなと思っています。


地域の課題・チームの課題と、渡邉さんの熱い思いが込められて発足した「スマイル山雅農業プロジェクト」。あやみどりを通じて、今後も新たなチャレンジを続けていきます。


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インタビュー・編集:quod,LLC 柴田菜々
ライティング:quod,LLC 宮本倫瑠


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