結局自分のことを知りたくてしょうがないの

「テソーミ(手相観)はインタビュー」

つい先日、私の手相をみてくれた知り合いが言っていて、なんだか印象に残った言葉だ。

手相を全部見終わってもらってから、なるほどなぁ。と一人納得感が深まった言葉でもある。

手相ってなんだろ?

私、人並みにそういうのが好きで、何回かやってもらったことがある。
大概やってもらいたいときは、何かしらで悩んでたり、行き詰まったりした時だ。悩むのに疲れてわなんかもうだれか後押ししてくれ!!って感じなとき。
でもなんだか、やってもらっても、今までどれもイマイチピンとこなかった。
一番ひどかったのは、10歳下の子たちと一緒にいったやつ。占い師は、私たちの手相をざっと見た後、年齢を聞き出し、若い子たちを向き合って言い放ったのだ。
「あなたたち、早く相手を見つけなきゃ、彼女みたいになっちゃうわよ!」
この場合の彼女とは、占い師に指さされた私。そこは、若い子たちが好んでくるとこで、案の定一緒にいた子たちも相談内容は恋愛だった。

私は思わず吹き出してしまったことを覚えている。占い師は色々見誤っていた。推測するに占い師は、私を生贄にして若い子たちを脅した後占いトークをする予定だった。こういうとこに連れ立ってくる女性たち、そして年齢から勝手に判断して、私が相手も連れ合いもいない人間だと勝手に判断したのだろう。そしてそれは不幸なことであると、指差した顔が物語っていた。

手相ってなんだろ?

残念ながら、私はその時点で結婚していて、自分でいうのもなんだが、良いパートナーに恵まれていると思っている。あと、自分自身が元々は結婚願望があまりないせいか、相手がいないことが「こんなふうになっちゃう」と言われるぐらい、不幸なことなんて考えたことが全くない。幸せなんて人それぞれなんだから。

その後、ちょっとだけ意地悪な顔をした私に間違いを指摘された占い師は、しどろもどろになりながら、なんとも歯切れが悪い占いで終わってしまったとさ。

さて、話を戻します。

手相ってなんだろ?

今回、知り合いがやってくれたテソーミはもちろん手相を見るんだが、今までのものとは一味ちがった。

まず。決めつけがない。

丁寧に手を裏表しながら、あなたはこうじゃない?こういう感じが好きじゃない?ってきいてきて、私から何かを引き出そうとするのだ。それは決して強引でなく、なんだか心地よい感覚で。

こうでしょ?ああでしょ?ではなく、私に聞く感じ。
ズバァって言うような威圧的ではなく、私の中にあるものを再発見する感じ。

その向き合い方が、インタビューと通じるものがあると思ったんだ。
インタビューよりは、もう少しプライベート感があるけれど。


インタビューはもっとその人のことを知りたい。


テソーミは、知り合いが手相から出てくる言葉を通訳してくれて、私に語りかけてきて、何かしらのとっかかりを私の中から見つけてくる。
向き合い方には呼吸が大事で、相手の様子を見ながら、呼吸を合わせていく。急いではいけない。

結果、私はテソーミを通して自分自身のことを知るのが楽しかった。私は私に対して、まだまだへーって思うことがあるみたい。テソーミは、私へのインタビューで、知り合いはインタビュア。インタビュアとの相性ってとっても大事だよね。

答えは私の中にいつだってあって、テソーミはそのヒントを、良いタイミングで届けてくれる。
テソーミを通して、たまには自分自身の声や希望を意図的に聴くことは、私にとってなかなか良いことのような気がする。

ところで私がテソーミで言われた言葉で一番印象的だったのは、「シルクのような存在」ってこと。可愛がってもらえる環境下がよいらしい。ってことで、私、本日誕生日を迎えたので、皆さま引き続き可愛がってやってください。


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そろそろ人並みに人と交わりたいです。
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