服について

おはようございます。

MZNと申します。今はジェーンバーキンとセルジュゲンスブールのアルバムを聴きながらこの記事を書いています。フランス語とか何も分からないけど、なんとなく落ち着く。音楽ってそんな感じでいいんじゃないんですかね。詩を大事にするのはもちろん重要だけど、サウンドって人間の心を直感的に動かす力があると思います。なんとなく良いなと思える素直な気持ちを養ってくれるのは音楽な様な気がします。

学校の授業でも美術やら書道やら音楽やらあったと思います。所謂、芸術系の科目です。でもそんな科目って内申点に基本響かないし、適当にやり過ごせば良いやと中学時代思っておりました。大学生になってよくよく考えれば、そんな芸術科目をわざわざ時間割に組み込んでいる今の時代ってとても幸せなんだなと実感しました。だってもし周りで紛争など起こっている国って、当然だけど芸術に触れる余裕もないでしょう。もし紛争がなくなって落ち着いたとしても、最初に教育するのって日本でいう、国語や算数ではないでしょうか。今の日本はとっても幸せなのです、ある意味では。能天気なのかもしれませんが、そんなことにも気付かずに僕を含め多くの若者はダラダラと日々を過ごすわけです、一瞬の快楽を求めて。

だいぶ話がずれましたが、本題は「服について」です。服も上記で述べたことと同じだと思います。衣食住の中で、最もお金の消費を抑えられる部分だと思っております。だからファストファッションって流行るんだと思います。なるべくお金をかけずにオシャレに繕い、みんなと歩幅を揃えて、一緒のオシャレを共有するわけです。平和な国に生まれ、普通に育ち、幸せを知ることの偉大さを、なんとなく蔑ろにするようで僕はあまり好きになれません。大量に消費する時代で何を選択するか、何を思うか・考えるか、そういった力を服や音楽は与えてくれるのだと自分なりに解釈しております。

「服について」というよりかは、「服について考える」の方が正しいですね。素材や質感、配色やパターン、ロゴやサイズ感等、色々考えられる部分は沢山あります。まあ正直そんなことは二の次です。今自分が消費しているものが、いつかは消えてしまうものだと知り、そしてそれが消耗品としての側面以外の力を持っていること。自分の周りにある服と自問自答してみてはいかがでしょうか。言いたいことがまとまっているかは分かりませんが、戯言だと思って見ていただけると幸いです。

また更新します。

MZN