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ニンプ無責任記録 ~入院最終日にして初めてのメンブレ~


本日は入院6日目にして、最終日である。
母子同室が始まってからは5日目。

慣れない授乳に毎回あたふたしつつ、3時間ごとの授乳→ゲップ→おむつ替え→寝かしつけのサイクルがなんとか身体に馴染んできた。
術後の傷の痛みにも耐え、寝不足の身体にムチを打ち、ぐずりの沈め方もコツをつかみ始め、ようやくリズムが整い始めてきたかと思われた今日。
とうとう初めてのメンブレを経験した。


直接のきっかけになった出来事は、本当に些細なことだ。
授乳の時間になっても赤ちゃんが起きてくれなかったこと。

わたしは母乳と粉ミルクの混合にしていて、毎回の授乳でまず母乳をあげる→足りない分を粉ミルクで補う、という形をとっている。
母乳であればある程度、赤ちゃんがほしがる時にほしがる分だけ与えてもよいのだが、粉ミルクは腹持ちがいい=言いかえれば赤ちゃんのお腹で消化しづらいので、与えるには間隔を2時間半〜3時間空けなければいけない。
その関係か、3時間経ったら赤ちゃんが寝ていようとも、起こして必ず授乳するようにと指導された。
(この辺は色々な考え方があるのかもしれない。あくまで自分の産院での方針)

そこで3時間ごとにすやすや眠る赤子を起こすという作業が発生するのだが、声をかけたり身体をゆすったりしてするっと起きてくれることもあれば、なかなかどうして眠りが深かったりすると、何をしてもいっこうに起きてくれないことがある。

これはなにも今日が初めてではなかった。
これまでにも2,3度、何をどうしても起きてくれず、目をあけて母乳を飲んでくれるまで30分以上かかってしまったことがあった。
その度に助産師さんを呼んで、足の裏を押すとか、関節をくすぐるとか、背中を強めにさするとか、いろいろな起こし方を教えてもらった。
助産師さんがやるとどんな時もスッと起こすことができるのは、当たり前だがさすがプロである。

さて本日。
15時の授乳の時間になっても赤ちゃんが眠っていたので、軽く身体を揺すって起こす。ついでにおむつも汚れていたので交換した。
するとその振動で覚醒したのか、うっすら目を開けたので、チャンスと思ってすかさず授乳クッションをセットし、赤ちゃんにおっぱいを近づける。

余談だが、わたしはまだまだ授乳が下手くそで、うまく飲んでもらえる時の方が少ない。
赤ちゃんの口にうまく入れられなかったり、思うように吸ってくれなかったり、胸元でギャン泣きされることも多々ある。
毎度「どうか今回はうまくいきますように」と祈るような気持ちで赤ちゃんの口に乳首を突っ込んでいる。

赤ちゃんがスムーズに乳首を口に含んだので、ホッと胸を撫で下ろした。
のも束の間、もぐもぐもぐと何度か吸うような仕草をしたきり、赤ちゃんはぴたりと動かなくなってしまった。寝オチである。

赤ちゃんがおっぱいを咥えたまま落ちることはままある。そんな時は頬をつついたりするとハッと意識を取り戻したりするのだが、今日はそう簡単にいかなかった。
結論からいうと、そこから赤ちゃんを起こすまで、ゆうに30分はかかってしまったのだった。

赤ちゃんの口から乳首を抜き、持ち上げてみるとすやすや眠っている。
まずは軽くゆすったり、横抱きしてトントンと叩いてみるがまったく微動だにしない。
仕方ないのでベビーベッドに横たえて、本格的に起こし始める。
習ったとおりに足の裏をぐっと押してみたり、首と脇に指を入れてさすってみたり、背中を強めにさすってみたりするもまったく効果がない。
時々不快そうに顔を歪めて泣き出しそうな気配を見せるが、すぐにスンッと無に戻って、すぴすぴと寝息を立てる。

そこからの30分はまーーーァ長かった。
ゆすっても、叩いても、喋りかけても、全身くすぐっても、持ち上げてみても、おむつを替えてみても、肌着を着替えさせてみても、ダメだった。
ひたすら「起きて、起きてよう」と話しかけながら、まったく反応のない赤ちゃんを相手に必死にあの手この手を試しているうちに、段々と「わたしはいったい何をしているんだろう」という気持ちになってくる。
時間ばかり過ぎていく焦りと、ずっと声をかけ続け身体をくすぐったり揺すったりしているための疲れと、そして頑なに起きる気配のない赤ちゃんを前に途方に暮れる。

そもそもが、気持ちよさそうに熟睡している赤ちゃんを起こすという作業がすでにしんどい。
無理やり起こされて、不快そうに顔をしかめられたり泣かれたりするたびに胸が痛くなる。かわいそうにねえ、ごめんねえ、と言いながら抱き起こす。
そうして無理に起こしたところで、うまくおっぱいをあげられるとも限らない。
思うようにおっぱいが吸えずに腕の中でギャン泣きする赤ちゃんに、「ごめんね下手っぴでねえ」と謝りながらも無理に乳首を吸わせるしかない、あのつらさ。

そんなことを思い出した途端、鼻の奥がつんとしてくる。
そうなるともうダメだ。
病室で一人、片方の乳を投げ出したまま、赤ちゃん相手に「お願いだから起きてよう」と懇願している自分がなんだか無性に情けなくなって、涙がこぼれるのを止められなかった。

いろいろなものがたまっていたのだと思う。
慣れない授乳やらおむつ交換やらを必死でこなす日々。
初めての赤ちゃんとの2人きりの生活。
初めてのぐずりで何をしてあげたらいいのか分からず、途方に暮れたこと。
夜中のギャン泣きを鎮めるのに、眠い目を擦って1時間抱っこし続けた夜。
授乳のあとのゲップをうまく出してあげられなくて、吐き戻しさせてしまって毎度申し訳なく思うこと。
赤ちゃんの飲める母乳の量がわたしの分泌量に間に合っておらず、乳が張って痛いこと。
それを夜ごと搾乳機で絞っている時の何ともいえない気持ち。
入院中はというと、3時間おきの授乳と決まった食事時間の合間に、診察やら来客やらもあり、自分の思い通りにスケジュールを進めるのは難しい。
隙間隙間に細切れの睡眠時間を確保するのが精一杯だった。
助産師さんはみんな気さくないい方ばかりだが、それでも常に他人とコミュニケーションを取り続けることによる消耗もあったろう。
そもそもわたしは、ひとになにかを尋ねたりお願いしたりすることが苦手なタイプである。
もちろん赤ちゃんのためにそんなことは言っていられないので、少しの疑問や不便があればすぐナースコールする日々だったが、無意識にそれがストレスになっていた部分もある。
そしてもちろん、出産を終えたばかり心身の消耗と、寝不足。
そうした諸々がないまぜになって、爆発してしまったのだと思う。

ぽろぽろと落ちる涙はそのままに、赤ちゃんに伝わってはいけないと、声だけは明るくかけ続ける。
身体を揺する手は止めずに、いまだ起きる気配のない赤ちゃんをじっと眺めた。

なるほどこれが産後うつというやつか。
冷静に自覚すると、落ち着くことができた。

ここ数日、たしかにわたしはがんばった。
よくやってるよ。

自分を褒めつつ、一方でこれからもっともっと大変なことがいくらでもあるのだから、こんなことで泣いている場合ではないと叱咤する。
涙をふいて鼻をかみ、背筋を伸ばした。

これがわたしの初めての産後のメンブレであった。
幸いそのあとタイミングよく助産師さんが現れて、サッと赤ちゃんを起こしてくれた。


これを書いている今は、深夜0時半。
つい30分ほど前にも軽いぐずりがあり、宥めすかして寝かしつけたところだ。
同じフロアの他の部屋からも、あちこちでギャン泣きする赤ちゃんの声がかすかに漏れ聞こえてくる。
どこもみんながんばっているんだな、としみじみ感じる瞬間だ。

明日はついに退院日。
明日からがいよいよ本番、赤ちゃんを家に迎えての生活がスタートする。

今日の経験はひとつのバネになりそうだ。

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