菊を植える:創作

同居は嫌だったのよ。絶対に嫌なの。こっちの立場になってみればわかるでしょ?言わなくても、わかる事だわ。
もちろん、同居じゃないわよ。そうよ。そうなのよ。そうなんだけど、近いのよ。
実家よ。
私ってわがままかしら?あなた、そう思いになさって?
そんな事、ないでしょ。
確かに、同居じゃないわ。でも、3軒隣りって近いわよ。

「俺から、お袋に言っておくよ。それでいいだろ?」
そんなこと言ってくれるのよ。あの人。でも、そんな事できっこないのよ。知ってるのよ。私。
八の字の眉毛が、情けないったらありゃしない。次男だと言うものだから、それで決めちゃった私が悪かったのね。ほんと、嫌になっちゃう。あなたが勝手なのよ。そりゃあ、末は博士か大臣かなんて言われて育ったら、出世するわよね。いいわよね。色んな街に住んで、街ごとに、女がいるのでしょ?それに比べて、あの人なんて、平凡そのものなのよ。

「私だってね、無理を言っている訳じゃないのよ。そりゃ、助かる事もあるの。けれどね、お庭に勝手に菊を植えて欲しくないの。菊よ。なんで菊なのよ」
私、はっきりと言ったわよ。次男坊なんて、頼りないのよ。
私、お庭のあるお家に住むことになったら、可愛いお花を植える事が夢だったの。それが、菊ってひどくないかしら?勿論、菊が悪いわけじゃないのよ。よく見れば、可愛いわよ。でも、お庭はお仏壇じゃないのよ。お庭が菊ばっかりじゃない。なんでなのよ。おかしいったらありゃしないわよ。

「でも、いいじゃないか。ほら、黄色い菊ばっかりで、心が和むじゃないか?そう思わないかい?」
そう言ってきたのよ。私、驚いちゃった。あの人、言ってることが、すぐに変わるのよ。そういう所が嫌なのよ。ほんと、嫌なの。

「菊人形屋敷じゃないのよ。おかしいわよ。あなた、菊に囲まれて育ってきたの?そうなのね。だから、おかしいと思っていないのよ。おかしいわよ。ほんと、おかしいったらありゃしないわ」
私ね、もう、言っちゃおうかと思ったぐらいなのよ。何って?決まってるじゃない。「出ていくって」でもね、叔父さんの顔に泥を塗るわけにはいかないじゃない?我慢しているのよ。私、我慢しています。

「それとね、お越しになる時は、必ずチャイムを鳴らしてちょうだいと言ってよ。私、何度も、心臓が止まりそうになっているのよ。ほんとよ。この前なんて、私がお台所でお新香を切っていたら、お義母さん、真後ろにいたのよ。私、危うくお義母さんを包丁で刺すところだったわ。そうなのよ。強盗とか、泥棒かと思うわよ」

そう言っても、無駄だと思ったわ。でも、言わなきゃ、何も変わらないじゃない?でも、やっぱり変わらないわよ。同じなのよ。あの人、お義母さんに、はっきり言えないのよ。甘やかされてきたぶん、あの人、きつく言えないのよ。

ええ、そうなのよ。菊は変わらないどころか、増えちゃってるわ。驚くわよ。ほんと、こんな縁談お断りすればよかったわ。それも、これも、あなたが悪いのよ。今更、帰って来るなんて。酷いわよ。ほんとに酷いったら、ありゃしないわよ。私、恨むわよ。本当よ。

「君、知っているかい?菊の花ことば」

「なによ?急に。知らないわよ。知っているなら、先におっしゃってよ。まわりくどいわね」

「破れた恋。黄色の菊の花ことばだよ」

「どういう事?お義母さん、私達の事、知っていると言うの?嘘よ。嘘」

「へぇ。じゃあ、あそこに座っているのは、お袋じゃないかい?君、つけられていたんだよ。詰めが甘いぜ」

あぁ。なんでよ。なんでなのよ。いい事なんて、一つもありゃしない。嫌よ。ほんと、嫌なのよ。


おわり


一日延ばしは時の盗人、明日は明日…… あっ、ありがとうございます!