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結婚や子育てをしなくてもいい。でも、その選択肢すら持てず、想像すらできなかった人たちがいる

LGBTという言葉が日本でも頻繁に聞かれるようになって、もう数年が経ちます。同性婚に関する世論調査でも、賛成が反対よりも多くなりました。「LGBT?私は偏見ないよ」という言葉も特に若い世代からよく聞きます。

じゃあ、当事者は自由に生きられるようになったのか。

現実は違います。同性婚への賛成が増えたとはいえ、法的には今も結婚ができない。法的に「家族」として暮らすことができない。急病の際に病室にすら入れない、という話は今も続いてます。

そして、子育て。たとえばアメリカでは、11万組以上の同性カップルが子育てをしているというデータがありますが、日本ではレインボーファミリーの存在はほとんど知られていません。本当は少しづつ増えているのに。

現状と課題、そして未来を知ってもらうために本を出しました。「子どもを育てられるなんて思わなかった - LGBTQと伝統的な家族のこれから」(山川出版社)という題名です。

LGBTファミリーの姿、日本社会の課題を描いています。そこにはLGBTだけでなく、選択的夫婦別姓や養子縁組など、あらゆる形の「家族とは何か」を考えるヒントが詰まっているはずです。

4人の筆者で書いた本の中から、私が書いた序章を転載します。ぜひ、読んでみてください。

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序章 広がる家族のかたち

2019年1月26日、私はある記事を公開した。大きなインパクトを社会にもたらすと予想はしていた。どうか、ポジティブな声が広がってほしいと祈った。日本の未来のためにも、小さな赤ちゃんとその家族のためにも。記事の公開作業をする指が、緊張で震えた。

BuzzFeed Japanのサイトで公開されたその記事「ゲイとトランスジェンダーと母と子 新しいファミリーが生まれた」は、想像を遥かに上回る祝福と歓喜で迎えられた。

私は2007年に性的マイノリティに関する取材を始めた。この10数年、日本においても「LGBT」という存在が広く知られるようになり、理解が進んでいることは実感していた。それでも、ここまで圧倒的にTwitterやFacebookのタイムラインがポジティブな声で埋め尽くされるとは思っていなかった。この記事は日本における性的マイノリティに関する記事の中で、最もシェアされた記事の一つになった。

記事はトランスジェンダー男性の杉山文野さんと女性パートナーのカップルが、友人であるゲイの松中権さんから精子提供を受けて3人で子育てをしている、という内容だった。記事を公開してから、杉山さんや松中さんには性的マイノリティの仲間たちから「自分にも子どもを育てるという選択肢があることを知った」と感謝の声が届いた。

でも、杉山さんたちは日本で初の事例というわけではない。

杉山さんが子どもが欲しいと具体的に考え始めたのは、同世代のトランスジェンダー男性で、当時、「性同一性障害でも父になりたい裁判」を戦っていた前田良さんの家族と出会ってからだったという。第三者の精子提供でパートナーの女性が出産し、子育てをしている前田さん。その足元に「パパ!」とじゃれつく子どもの姿を見て、何かが変わったそうだ。

そう。実は日本にはすでに、子育てをしている性的マイノリティ当事者たちがかなりの数存在している。公的な統計や網羅的な調査がないために実数はわからないが、当事者家族をサポートする団体も複数ある。メディアなどで取り上げられる機会がほとんどないために、あまり知られていないだけだ。

アメリカの統計を見てみる。カリフォルニア大学ロサンゼルス校ロースクールの2018年のまとめによると、アメリカに住む70万5000組の同性カップルのうち、11万4000組が子育てをしているという。養子縁組、精子提供、代理出産、など、子を授かる方法は様々。多くの当事者団体がサポートしており、「LGBT Parenting(LGBTの子育て)」と検索すれば、たくさんの情報が見つかる。

一方で、日本では「LGBTの子育て」について調べようにも、情報が不足している。実際の家族の状況を目にすることも少ない。だから、自分たちが子どもを育てるという未来像を描きにくい。杉山さんが前田さんに出会う前のように。

杉山さんから性的マイノリティの家族について一緒に本を書かないかと誘いを受けたときに、最初に二人で話し合ったのは、子育てについて考え始めた当事者たちの参考になる本を書きたい、ということだった。同時に周囲で支える人たちも含めて、日本において何が課題かを気づける内容にしたいと考えた。

1章を担当した杉山さんは、自身と同じトランスジェンダー当事者に子育てについて聞いた。もちろん、「同じトランスジェンダー」と言っても、それぞれの環境、カップルや子供との関係性は違う。一人ひとり、それぞれの家族の実像がある。

2章もそうだ。ゲイ当事者で性的マイノリティについて多くの記事を書いている松岡宗嗣さんが子育て中のレズビアンカップルや精子提供をしたゲイ男性に話を聞いているが、「同性愛者」というだけではくくれない多様性がある。

3章は朝日新聞記者の山下知子さんがレズビアンカップルとその親、そして支援団体に話を聞いた。子育ては親族、地域、学校など周囲との関係性が重要となってくる。支援団体などの相談窓口の一覧を掲載した他、子どもとの法的な関係について詳しい山下敏雅弁護士へ取材した内容もまとめた。

4章は主に私(古田)が担当した。同性婚を国が認めないことについて、札幌地裁が出した違憲判決を中心に、性的マイノリティの家族に対する法的な課題がなぜ放置されているのか。司法と政治の両面から考えてみた。

5章は2021年5月の東京レインボープライド(オンライン開催)での座談会「多様な"かぞく"を考える」を収録した。選択的夫婦別姓、特別養子縁組、同性婚など、家族の多様なあり方に関して、当事者たちの言葉が多くの示唆を与えてくれる。

それぞれ独立した構成になっているため、どこから読んでもらっても構わない。自分に近い境遇の人たちについて知りたければ1~3章、支援団体などについては主に3章、司法や政治をめぐる状況については4章、日本の現状と課題を幅広く知りたければ5章がお勧めだ。

性的マイノリティの家族に対して、「伝統的な家族観を壊す」という批判がある。同性婚に関する批判の根源もここにある。そのことに関しても、4章や5章で触れている。詳しくはそちらを見てほしいが、ここで一言だけ触れておきたい。

伝統的な家族とはなんだろう。大切なのは「お父さんとお母さんと子ども」みたいな「形」ではなくて、そこにある「絆」ではないだろうか。伝統的に大切にされてきた絆を否定する家族は、この本の中に登場しない。むしろ、この本を読んだ人たちは、そこに強い家族のつながりを感じ取るだろう。

冒頭に紹介した杉山さん家族の記事に対して、最も多かった感想は「おめでとう」という祝福だった。子育ては性的マイノリティであれ、マジョリティであれ、大変な苦労といらだちを伴い、ときには悪夢だと感じる。同時に、小さな存在の成長を見守る、例えようのない喜びがある。だからこそ、激励の意味も込めての「おめでとう」なのかもしれない。

もちろん、子どもを持てない事情がある人も、持たないという選択をする人もいる。願うのは、持ちたいと思う人たちからその選択肢が奪われたり、持てないと思い込ませたりしない社会だ。

登場する家族、そして、これから子育てを始めようとする全ての家族にも祝福を。読者の皆様にもそう感じてもらえたら幸いだ。


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