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コロナウイルスが来る前から緊急事態だった新聞とニュースメディアの今後

この記事は4月30日に発売される宣伝会議「新・メディアの教科書2020」への寄稿に加筆・修正を加えたものです。依頼されたテーマは「新聞業界の今後」でしたが、そこから「デジタル時代のニュースメディア」という視点につなげて執筆しています。

雑誌本体は、メディアビジネス、マーケティング、広告など一線で活躍する筆者が揃っていて、読み応えがあります。雑誌もぜひ読んでください!

(リンクは文末)

存亡の危機にある新聞社

ニュースメディアの王様として君臨してきた新聞業界が、存亡の危機に立たされています。インターネットが情報消費の主役となり、発行部数は右肩下がりに。購読・広告収入が急減する一方、デジタル事業収入は微増にとどまります。さらに、新型コロナウイルスによる経済の変調がその危機に拍車をかけています。新聞は生き残ることができるのか。新聞紙という「デバイス」と新聞社という「ビジネスモデル」の両面から追ってみます。

次に示すチャートは、新聞紙発行部数(一般紙)の状況を日本新聞協会のデータをもとにまとめたものです。

新聞の発行部数は2008年から減少が加速している

90年代半ばからネットが普及し、新聞紙の退潮が始まったように感じますが、部数で見ると、2000年代後半までは持ちこたえていました。2007年に登場したiPhoneが翌年に日本でも販売開始され、いつでもどこでも情報を入手するスタイルが一般的になるのと時を同じくするように購読数は急落しています。

読者の高齢化の実態

日本新聞協会の2018年の調査によると「新聞を毎日読む人」は60歳以上が半分、50歳以上を含むと7割に達します。新聞社の販売局の人たちから話を聞くと、この世代は新聞紙に愛着を持っており、デジタルに流れることはほぼないけれど、退職や視力の低下、死亡などを理由とした購読停止が増えているそうです。

新聞を毎日読む人の半数以上は60歳以上、40歳未満は14.6% (1)

一方、若い世代はどうでしょう。

1981年から1996年に生まれた人たちをミレニアル世代、それより若い人たちをジェネレーションZと呼びます。2020年時点で40歳以下の世代ですが、新聞紙を毎日読んでいる人は15%未満。ネットやスマホはますます便利になっていきます。今後、この世代が月額約4000円を支払って紙媒体を購読する可能性はかなり低いでしょう。

つまり、発行部数の減少は今後も止まりません。むしろ、高齢化とともに解約のペースは上がり、部数減が加速するでしょう。

全国紙であれば全国に、地元紙であれば各都道府県に張り巡らせた販売店網によって大量に新聞紙を発行し、その購読収入と広告収入で潤沢な収入があった新聞紙頼みのビジネスモデルは破壊されました。このままでは遠くない将来に多くの社が赤字に転落します。

では、減っていく紙媒体からの収入を補う道は見つかっているでしょうか。

デジタル事業からの収入は1%未満が3分の2

世界中の新聞社が取り組んでいるのがデジタル化です。後ほど詳しく説明しますが、米メディア「ニューヨーク・タイムズ」がその成功例として知られています。日本でも日本経済新聞は着々とデジタル版の有料購読者を増やしています。

しかし、業界全体で見ると厳しい状況です。再び日本新聞協会のデータを見てみます。

販売と広告の収入減少をその他収入で補えていない

その他収入とは、出版、受託印刷、事業などです。肝心のデジタル事業からの収入については、一般紙平均で全体のわずか1.4%です。調査した61社のうち「0.1%未満」9社、「0.1%以上0.5%未満」が21社、「0.5%以上1%未満」11社、「1%以上5%未満」が18社、「10%以上」2社でした(2018年度、日本新聞協会調べ)。

部数の急減が鮮明になって10年が経つ2018年の段階ですら、デジタル事業からの収入が1%未満の社が3分の2を占めています。

紙の減収が大きすぎてデジタルで回収不可能

私は2002年に朝日新聞に入社し、社会部、国際報道部を経て2013年にデジタル編集部に配属されました。当時は新聞社の中でデジタル部門は傍流という雰囲気が強くありました。

2015年に退社し、アメリカのインターネットメディアBuzzFeedの日本版の創刊編集長を経て昨年独立し、いまは新聞社やテレビ局のデジタル化に関するコンサルティングも請け負っています。全国の複数の新聞社で社内勉強会などに参加して感じるのは、各社ともにデジタル化の遅れに危機意識を持ってはいるが、抜本的な改革は進んでいないということです。

ここに至っても新聞各社がデジタル化に迷いや戸惑いを見せる理由はなにか。それは、各社の収入規模が大きく、デジタル事業を柱にするような事業の大転換をするコストに見合うだけのリターンが見込めないためです。

凋落傾向とは言え、世界にも類を見ない発行部数を誇る日本の全国紙の収入は数千億円、地方紙でも100億円を超える規模があります。しかし、莫大な収入を生み出す紙媒体は、印刷や配達に莫大なコストがかかる両刃の剣です。

現状ではコストカットで黒字を確保していても、毎年数%ずつ紙からの収入が落ちていく。地方紙でも数億円ずつ消えていく計算です。デジタル事業で毎年数億円ずつ売り上げを増やしてその穴を埋めることができていないし、その見通しも立っていないために、多くの新聞社は立ち往生しています。

米紙「NYタイムズ」はなぜV字回復したのか

新聞紙に頼ったビジネスモデルが破綻したのは否定しようがない事実です。しかし、新聞社のビジネスが全てダメになったわけではありません。世界で最も注目される事例が、米紙「NYタイムズ」のV字回復です。

NYタイムズも日本の新聞社と同様に、紙媒体からの購読と広告収入の急減に苦しんでいました。デジタル化に活路を求めて2014年にまとめた社内資料が世界中のメディアのバイブルとなった「イノベーション・リポート」です。

詳細は私がnoteで連載した解説「イノベーション・リポート」を見てください。ここではその一部を紹介します。

NYタイムズは「我々のジャーナリズムは世界最高峰だ」と位置づけた上で、新興メディアと比較して「それを読者に届ける部分で負けている」と冷静に分析し、ネットメディアの手法やテクノロジーや人材を積極的に取り入れました。

その結果、デジタル版の会員は急増。2015年に4億ドルだったデジタル事業からの収入は2019年には倍増して8億ドルを超えました

いまや、紙の購読者は85万人なのに対し、デジタル版の購読者は世界中に広がり、340万人を超えています。私もデジタル版の購読者の一人です。世界最高峰のジャーナリズムが生み出す高品質のコンテンツを、アプリやニューズメールで毎日チェックしています。

イノベーション・リポートにはこう書かれています。

「これからの数年で、NYタイムズは素晴らしいデジタルコンテンツも出す新聞社から、素晴らしい新聞紙も発行するデジタルメディアへの変革を加速する必要がある」

その言葉どおり、NYタイムズは今や新聞社ではありません。新聞紙も発行するデジタルメディアとなりました。

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NYタイムズの動画ページ。政治からエンタメまで質の高い動画が並ぶ

日本の新聞社はNYタイムズになれるか

日本経済新聞は2月に電子版の有料会員数が70万人を超えたと発表しました。2013年から倍増のペースです。動画やテクノロジーを活用したデータ分析やそのビジュアライズにも力をいれており、デジタル表現でも工夫した連載企画「データの世紀」は2019年度の新聞協会賞を受賞しました。

ジャーナリズムで勝っている。届ける部分で負けている。だから、その部分を工夫する。デジタル人材の登用を進めている点も含めて、NYタイムズのイノベーション・リポートが示した路線と一致しています。

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デジタル人材採用のための日経の特設ページ

ただ、日本の他の新聞社が日経と同様にデジタル版の有料課金に成功するかと問われれば、厳しいと答えざるを得ません。主な理由を列挙します。

1:知る必要がある情報か

経済情報はビジネスパーソンに必要不可欠です。お金を払ってでも知る必要がある。世界的に見ても、経済メディアはデジタル購読者の増加に成功している事例が目立ちます。

2:購読しないと手に入らない情報か

日経以外の日本の新聞社のほとんどは、ヤフーニュースやスマートニュースなどのプラットフォーム企業に大量のニュースを提供しています。大手のプラットフォームで記事が読まれることで、わずかですが1PVあたりの収入を得ることができるからです。しかし、そこである程度の情報が読めるのであれば、わざわざ購読しようという意欲は高まりません。

3:デジタル化の積み上げはあるか

日経は元々、デジタルサービスに積極的に取り組んできました。ビジネスに関する情報のデータベースサービス「日経テレコン」の提供開始は1984年です。1996年には無料で読めるウェブサイト「NIKKEI NET」を開設、2010年に有料課金を基本とした「日本経済新聞 電子版」にリニューアルしました。その積み上げが、今に至っています。

4:デジタル人材はいるか

NYタイムズはこの3月にBuzzFeed News編集長を引き抜いて話題を呼びました。デジタル系の人材を積極的な登用は今も続いています。日経も社内でのデジタル化の積み上げと外部からの採用でデジタル人材を増やしています。また、英メディア「フィナンシャル・タイムズ」をグループ傘下に加えたことで、そのデジタルへの知見も活かせる体制です。コストカットのために人員縮小が続く新聞社に同じことができるでしょうか。

新聞社が進むべき道とは

私は現在、ニューヨーク市立大ジャーナリズムスクールによるニュースイノベーションのためのエグゼクティブ・プログラムに参加し、アメリカを中心に世界から集まった16人のニュースメディア幹部やジャーナリストたちとデジタル時代のメディアのあり方について、その戦略やビジネスモデルなどを議論しています。

上記に掲げた4つの課題は、日本の新聞社だけでなく、世界中の新聞社に一致するものです。NYタイムズは成功しましたが、アメリカでもほとんどの新聞社はデジタル化できずに衰退しています。

私たちの議論の出発点は、そもそも、報道とはどういう価値を世の中に提供しているのか、です。その価値をユーザーに認めてもらい、メディアビジネスとしても継続性があるものにするにはどうしたらよいか。

例えば、新興のニュースメディアの成功例として2009年に設立された「テキサス・トリビューン」があります。紙媒体のベテランジャーナリストたちがつくったNPOで、硬派なニュースをネットで発信しています。その収入源は、財団や個人からの寄付、企業スポンサー広告、イベントなど、多岐にわたり、安定した経営のもと、質の高い報道で評価されています。

テキサスの地元紙が果たしていたニュースメディアとしての役割をテキサス・トリビューンが果たし、その役割に対して、寄付が集まる。紙媒体であればコストを賄えないでしょうが、ネットメディアで設備や人員にかかるコストが少ないために十分に成り立つモデルです。

新聞社が収入の大半を占める紙媒体を捨てる必要は、現状ではありません。デジタルに舵を切ったNYタイムズも日経も新聞紙を発行しています。同時に社会の情報消費の主軸がデジタルに変わっている以上、収入の面だけでなく、ニュースメディアが果たすべき役割の面からも、デジタル発信を主軸にすべきことは間違いありません。

そして、その情報が価値あるものであれば、デジタル上でも収入を積み上げていくことは可能です。NYタイムズのような大手だけでなく、テキサス・トリビューンのようなローカルメディアの成功もそれを示しています。

危機の時代にこそ信頼されるニュースメディアが必要

新型コロナウイルスが世界に拡散して以降、パンデミックへの対策や支援策などの情報を求める人たちによってニュースメディアのPVは激増しています。危機の時代に、人々は身を守るための情報を求め、自分たちの政府や社会がちゃんと機能しているか確認したいと願います。需要は高まっている。

一方で、課金型のメディアを含め、ほぼ全てのメディアの収入の柱である広告市場は経済活動の縮小に伴って冷え込み、メディアビジネスはより厳しい状況に追い込まれています。

危機の時代に必要とされる、信頼にたるニュースメディアとして、同時に、健全な経営を成り立たせる。伝統的なニュース発信とビジネスモデルでは不可能です。

ニュースメディアとして、ユーザーにどういう価値を提供し、どういう形で対価を得るのか。その対価でその組織を運営できるのか。

NYタイムズのような大組織であれ、テキサス・トリビューンのような新興メディアであれ、その根本が定義づけられていなければ、信頼にたるニュースメディアビジネスとして成立しないし、成立しないものは、いずれは滅びゆくでしょう。

(この寄稿を含む「新・メディアの教科書2020」の購入はこちら)

訂正:当初、新聞協会賞をとった日本経済新聞の企画を「チャートは語る」と記してましたが、「データの世紀」の誤りです。訂正しました。

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