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短歌ブームは僕からはじまった 【初出「文學界」2022年12月号】#短歌ブーム #枡野浩一全短歌集

「文學界」編集部の許諾を得て、エッセイをnoteに転載します。

いつか買おうと思っていたかたは、ご検討ください。

この「本の雑誌」のエッセイと以下のエッセイは、姉妹編のような内容です。




短歌ブームは僕からはじまった


 ものすごく急いで書いたエッセイだ それが案外いいときもある
 という一首は、敬愛する歌人の正岡豊氏にツイッターで「#枡野浩一の短歌の代表作」として挙げていただいたことがあり、最後まで迷いに迷って新刊『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』(左右社)には収録しなかった。
 全短歌集の刊行準備中からストレスで胃が痛い。かかりつけ医に薬を処方してもらって飲んでいる。「全然、全じゃない!」というクレームが届きそうで怖い。実際、同書に収録していない短歌はまあまあ多い。漫画家の河井克夫氏はツイッターにこう書いた。《枡野さんからご恵贈いただいた。「全短歌」とあるが、ぜったいもっと作ってるはずなので、この本をもってして枡野さんが「これで全部」ってうそぶいてることが重要。ベスト版とかとも意味が違う。》さすがである。私と共著『金紙&銀紙の 似ているだけじゃダメかしら?』(リトルモア)をつくりあげた、相方「銀紙」だけのことはある。異議ありません。
 その共著に、冒頭の一首は収録されている。『ラブホテルにて』と題した私の短歌数首を、河井氏が見事な漫画作品に仕上げてくれた。氏のコミカライズ能力は尋常ではない。辺見じゅん原作『ラーゲリ〈収容所から来た遺書〉』(文藝春秋)は2022年の収穫です。
 リトルモア刊の拙著はもう一冊ある。その、短歌と掌編小説と會本久美子氏の鉛筆画を組み合わせた『すれちがうとき聴いた歌』も、金紙&銀紙というニセ双子ユニットのタレント本も、売れていないものの今も新品が買える。現在流通している拙著に収録されている短歌は優先順位を下げ、絶版になっている四冊の短歌集の収録作を網羅的に載せるというのが、「全短歌集」企画の基本方針だった。
 俵万智氏の歴史的ベストセラー『サラダ記念日』(河出書房新社。現在も単行本が年に八千部のペースで増刷されていると同社から公式発表があった)のちょうど十年後、1997年に私のデビュー短歌絵本『てのりくじら』『ドレミふぁんくしょんドロップ』(共に実業之日本社)は二冊同時発売された。現在も「おかざき真里」名義で漫画家として活躍するオカザキマリ氏の、抽象的な絵との合作。装幀と監修と宣伝活動を一手に引き受けてくださった義江邦夫氏は、四年前に亡くなった。
 二冊同時発売というのも相当ずうずうしいが、当時は出版界も元気だったので初版八千部ずつ印刷された。すぐ重版がかかり、短歌の本ではありえないほどのヒット作となった。この二冊はのちに一冊に再構築し、池田進吾氏の写真・装幀で『ハッピーロンリーウォーリーソング』(角川文庫)として販売された。
 第三作品集に相当する『ますの。』(実業之日本社)は祖父江慎氏による凝りに凝った装幀が評判になったが、造本にコストがかかりすぎていて増刷すると赤字になると言われ、初版の八千部しか流通していない。同書の収録作はのちに篠田直樹氏の装幀で、短歌を四コマ漫画化した狂おしい一冊『57577 Go city,go city,city!』(角川文庫)として発売された。文庫本二冊はそれぞれ一回くらいずつ増刷されたと記憶している。しかし、その程度の売れ方の本は絶版となる運命で、私の短歌集は長らく市場から消えていたのだ。
 第四作品集にあたる『歌』(雷鳥社)は、東直子氏の短歌を原作とした映画『春原さんのうた』で世界的に評価された杉田協士監督が「無名」だったころ、撮り下ろした写真との合作である。印刷は総天然色。篠田直樹装幀で、あえて短歌を横書きにレイアウトするという斬新さだった。人気テレビ番組『ゴロウ・デラックス』で稲垣吾郎氏に短歌を朗読していただいたが、その時点ですでに絶版だったようで、買いたいんだけど売ってない、というつぶやきがツイッターで目立っていた。
 だから、絶版短歌集をすべて収録した全短歌集を刊行しませんかと、左右社の編集者からメールが届いたときは、うれしくなかった。「需要があるだろうか」と心配になった。そのメールが届いたのは五十三歳の誕生日の翌日で、全短歌集の発売日に五十四歳になった。
 丸一年かけて、くよくよと迷いながら左右社に甘えながら試行錯誤を重ねた結果、どこをどう工夫したのかわからないくらいシンプルな一冊が出来た。装幀家が名久井直子氏に決まったのが刊行の半年前。名久井氏は私が一方的にライバルと目してきた歌人の穂村弘氏のファンとして有名で、拙著の装幀をお願いすることは控えていた。
 自分が短歌を始める直接のきっかけとなった俵万智氏と私の往復書簡を栞文にしたり、同世代の圧倒的スターである小沢健二氏に帯文を書いていただいたり、望んでいたことが全部叶ったと言ってよい状態である。鏡をみると表情が暗い。これを書いている今は発売日からひと月という日だが、すでに三刷を準備中。あすは地元、西荻窪の書店でトーク。年内に神保町、下北沢、名古屋、大阪でトークが予定されており、時間がない日は食事時間を削ることにしているからまた痩せてきた。
 短歌ブームはここからはじまった、という惹句が帯に印刷されている。それに怒った人は今のところいない。「短歌ブームは僕からはじまった」と、うっかり一人称で書かれていたら印象が悪かっただろう。本当にブームでありますようにと祈りたくなる。二十五年のあいだにブームは幾度も訪れ、毎度いまひとつ乗れなかった。今度こそは、と思う。



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