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【短編小説】灼熱の風が吹くこの星で ⑨


【SCENE 9】

 わたしはこれまでにも、たくさん地の民を殺してきた。

 本当は殺したくなんてないのに……。
 地の民のことが大好きなのに……。

 今回の場合は、特にそうだ。
 レルフとはたくさんの会話をした。
 短い間とはいえ、日常を一緒に過ごした。
 初めて友達と呼べるような関係になれた地の民だった。

 なのに……なのにわたしは……。

 自分のしたことが悔しくて、下唇を噛み締める。

 彼を傷付けたことを、どうにかして償いたかった。
 でも、何もできそうなことはない。
 だからせめて彼の望みを叶えようと、一緒に赤熱の大海を目指している。




 赤熱の大海とは、太陽によって熱せられた大地から、無尽蔵に湧き出る炎の塊が流れている場所のことだ。

 詳しくは研究されていないけれど、水の民の学者が言うには、世界の三分の一近くが、赤熱の大海と同じような環境であるらしい。

 そんな生命が絶対に生きてはいけない危険な場所の近くに、地の民の墓はあるのだという。

 当然近付くにつれて灼熱の風は威力を増した。
 地面に伏せているだけでは、防ぎきれないほどだ。

 しかしそこへたどり着くまでには、ずっと塹壕のような道が存在していた。
 レルフが言うには、地の民の歴史が始まった頃には、すでにこの道は存在していたらしい。

 塹壕のような道を歩いている限り、灼熱の風が吹いても、わたし達は火傷をしなくても済む。
 それでもやはり強烈な熱風が吹き荒れることもあって、その時にはさすがに身を伏せなければ堪えられない。

「そう言えばさ」

 上空を渦巻く熱気から身を守るため、大地の窪みで寄り添うようにしゃがんでいると、レルフが唐突に言った。


「水の民って、赤熱の大海の側で生まれるんだよね?」

「……うん。そうだよ」

 わたしはコクンとうなずいた。
 地の民の墓場は、同時にわたし達水の民の生まれる聖地でもある。

「だったらミリスは生まれた時に見てたと思うんだけど、そこって、どんな場所なのかな?」

「レルフは行ったことがないの?」

「うん。僕達は寿命を迎えるその時まで、絶対に近付いちゃいけないって言われているからね」

「そうなんだ……」

「ねえミリス、赤熱の大海の近くって、どんな感じなの?」

「えと、いくつもの穴が空いた地獄のような光景だったと思う」

 正直に言うと、記憶は曖昧だった。
 生まれてからすぐに、わたしは空へ飛び立った。
 本能のようなものに従い、水の民が暮らしている街を目指した。
 あの時は『とにかく急がなければ』という考えに頭が支配されていた。
 そうしないと灼熱の風が吹いてきて、死んでしまうことを先天的に理解していたのだ。

 実際、生まれてから水の民の街までたどり着ける個体は、灼熱の風のせいで半分以下だと言われている。
 現にわたしも飛んでいる途中で、大地に焦げ落ちた同胞達の姿をいくつも目にしていた。
 



 気が付くと、上空を渦巻く灼熱の風は止んでいた。
 わたしとレルフは、再び一緒に歩き始める。

 レルフの体は、どんどんと固くなってきていた。

 大量の血が流れ出たせいで、水分が足りなくなってしまったのだろうか?
 それともこれから寿命を迎えようとしているからなのだろうか?

 違う種族であるわたしにはわからない。

 


 やがて、うっすらとだけれど、見覚えのある景色の場所へたどり着いた。
 わたし達水の民が生まれた聖地、赤熱の大海である。

 黒い石が散乱した赤色の大地に、無数の穴が開いている。
 穴の大半は空なんだけれど、中には赤熱の大海から溢れ出た炎の液体が入り込んでいるところもあった。

「ねえ、レルフ」

 わたしはこれからどうするのかを尋ねようと思った。
 しかし続く言葉を口にしようとした瞬間、急に彼が走り出した。
 怪我をしているのに、その痛みすら忘れてしまったかのような速さだった。

「どうしたの? レルフ?」

 わたしの声にも、まったく反応をしない。

 レルフが立ち止まる。地面を掘り始める。まるで何かに乗り移られたかのように、一心不乱だった。

 乾いた大地に、あっと言う間に穴が空いていく。

 レルフが自分の掘った穴に入る。

 大丈夫なのか気になったわたしもそこへ向かう。
 すると彼が口から何かを吐き出しているのが見えた。

 わたしはこれと似た光景を、他にも知っていた。
 モイ虫の幼虫がサナギになる際、自分の体を特殊な糸で包み込んでいる姿である。

 これじゃあまるで、レルフもサナギになってしまうみたいだった。
 予想外の光景に戸惑っていると、空気の流れが止まるのを感じた。

 ――凪だ。

 灼熱の風が吹き荒れる前兆だ。

 わたしは慌てて塹壕のように掘られた場所に身を隠した。と同時に頭上から熱気を感じた。灼熱の風が吹き荒れ始めたのだ。

 発生場所である赤熱の大海が近いということもあって、もの凄い勢いだった。
 それに、普段よりもずっと長く感じられた。

 やがて収まったのを見計らって、わたしはレルフの様子を見に向かった。

 しかしいくら辺りを見回しても、彼の入っていた穴が見当たらない。
 いくつもの穴の中を確認する。
 でも、彼の姿は見付けられない。

 もしかしたら今の熱風で燃えてしまったのだろうか?
 仮にその通りだとしても、炭化した体が入っているはずだ。
 わたしは一生懸命彼を捜した。

 なのに、やっぱり見付けられない。

 どうしよう?

 本気で困っていると、不意にボコリという音が聞こえた。
 ハッとして振り向く。
 少し離れた大地から、這い出てきている人がいた。

 レルフが穴を掘っていたはずの場所からは、だいぶ遠いような気がする。
 だけどもしかしたらわたしが、地形を見間違えてしまったのかもしれない。

 そう思い、慌ててその場所へと向かった。
 ところがそこに姿を現したのは、レルフではなかった。

 わたしと同じ、水の民の少女だったのである。
 
 





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