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#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 番外編 輪入道の心の傷 前編」

「本当におまえには失望した。大妖怪である輪入道(わにゅうどう)として、恥さらしもいいとこだ」
 羅刹のような表情で、おいらを睨みつける輪入道(わにゅうどう)達。おいらはその視線や罵詈雑言にただひたすら耐えるしかなかった。いつものように耐えればいい。そう思ったがおいらの甘い考えだったらしい。
 輪入道(わにゅうどう)の中でも特に恐ろしい逸話を持つ輪入道(わにゅうどう)が静かに告げた。
「おまえをこの里から追放する。金輪際、おまえは我々に関わるな。この土地に入ることは認めん」
「……えっ?」
 告げられた言葉がすぐに理解できず、驚きの言葉を出た。おいらの様子に苛立ったのか
「聞こえなかったのか?ここには二度と足を踏み入れるな。どっかで野垂れて消滅してしまえ!」
 古くから在る輪入道(わにゅうどう)はそう言うと、おいらに突進し里の外へ吹っ飛ばした。
 吹っ飛ばされておいらは気絶していたらしい。外は雨が降っていて、自分の車輪から出ている炎が心なしか弱まって見える。おいらは山の中に泥だらけで倒れているみたいだ。 ああ、このままいっそ消えてしまいたい……。
 なぜおいらは輪入道(わにゅうどう)として、この世に存在するようになったんだろう?
 そんな疑問を持ちながら、おいらは自分の意識が遠のくのを感じた。

〇  〇  〇

    輪入道(わにゅうどう)

    車の轂(こしき)に大なる入道の首つきたるが

    かた輪にてをのれとめぐりありくあり

    これをみる者魂を失う

    此所勝母の里と紙にかきて家の出入の戸におせば

    あへてちかづく事なしとぞ

             鳥山石燕 妖怪画集「今昔画図続百鬼」より


〇  〇  〇


 雨がしとしと降る季節、ぼくと子河童は天狗の師匠(ししょう)と一緒に山を散策していた。
 子河童は楽しそうにぬかるんだ山道をずんずんと歩いて行く。時折木の葉から滴る水滴を、子河童は自分の頭にある皿で受けとめる動作を繰り返して遊んでいた。子河童にとって梅雨の季節は桃源郷にいる心地だろう。ぼくにとっては、ジメジメとして毛がまとまらない地獄の季節だが。
 師匠(ししょう)はなんでいきなり外に出ようなんて言ったのだろう、と疑問を感じているときだった。山の一画が開けたところに、荷車の片輪が泥をかぶって倒れていた。
「おやおや、これはまた随分と凄い妖怪が吹っ飛んできましたね」
 この荷車の片輪は妖怪だったのか。確かに肩輪の周りに今にも消えそうな火の玉がいくつか浮かんでいる。すると師匠(ししょう)は静かに肩輪を起こした。なんと、起こされた肩輪には、人間の童の顔があった。初めて見る妖怪だった。
「師匠(ししょう)……、この妖怪はどこから来たの?」
 ぼくの予想だけど、妖怪として存在する期間はぼくたちと大きな差はないはずだ。
「おそらく西の地方の妖怪みたいだ。百里以上は、吹っ飛ばされたみたいだね」
「百里も、そんな遠い場所から!」
  百里だって、ぼくはまだ行ったこともない遙か遠い場所から来た妖怪を見つめる。
「すごいなあ。こいつどうやって吹っ飛んできたんだ?」
 師匠(ししょう)の背後で子河童は興味津々といった雰囲気で輪入道(わにゅうどう)を見ている。観察していたぼくと子河童はあることに気づいた。この妖怪は、随分弱っているみたいだ。肩輪はぼろぼろの泥だらけ、顔は少し痩せこけている。師匠(ししょう)はその妖怪の状態を見て、眉をひそめた。
「狐、子河童。里に行って、力のある妖怪を連れてきてくれないか」
 師匠(ししょう)は肩輪の妖怪の顔を見て、ぼくたちに向かって指示をする。
「えっ、連れて行くんですか?」
 いいのかな、いくらぼくたちが棲んでいる里が妖怪同士の諍いがないとしても、見ず知らずの妖怪を簡単にいれていいものか。
「そうだよ。いいね」
 師匠(ししょう)は迷いなくぼくたちに言った。じゃあ大丈夫だよね。
「分かりました。すぐに連れてきますね!」
「任せとけ、師匠(ししょう)」


〇  〇  〇


「……。ここどこだろう?」
 気づいたら、おいらはどこかの家屋に横たわっていた。先ほどまで泥だらけでずぶ濡れだった体が、いつの間にかきれいに拭かれていた。おいらは静かに部屋を見渡した。どうやらここは古い日本家屋のようだ、妖怪が棲んでいるのだろう、人間の気配がしない。人間がいないことが分かり、ふうっと息を吐いた。知らない場所にいるので、ずいぶん緊張していたみたいだ。そのとき、障子戸がすっと開いた。
「あれ、起きたの?」
「おっ、意外と元気そうじゃないか」
 おいらが周囲を眺めていると、妖怪としては若い狐と河童が部屋に入ってきた。
「ここは……、ど、どこなの」
 おいらは震える声で狐たちに聞いた。
「えっと、ここはねぼくたちの師匠(ししょう)の棲家の一つだよ。師匠(ししょう)はね、天狗の妖怪なんだ」
「えっと、場所は?」
「うんとね、相模国あたりって言えば、分かるかな。最近だと人間は神奈川って言ってるみたいだけど?」
「さ、さがみ。 おいらそんな遠くまで飛ばされたの……」
 ずいぶんと吹っ飛ばされてしまった。吹っ飛ばされている間の記憶がないが、よく無事だったなと思った。古い輪入道(わにゅうどう)の恐ろしさを改めて思い知って、体がガシャッと震えた。その様子を気にせず、狐はおいらに尋ねる。
「えっ、師匠(ししょう)は西の遠い地域から吹っ飛ばされたみたいだって言ってたけど、どこから来たの」
 目を輝かせながら聞いてくる狐に、戸惑いながら出身を告げる。
「……近江」
「えっ、お、近江。本当に百里位上、離れてるじゃないか。よく無事だったね」
 心底びっくりしたという顔をする狐。先ほどから子河童は口を開かず、静かにおいらを観察している。なんだかすごくいたたまれない。狐はあっと声を上げて、
「そうだ、君痛いところとかない。師匠(ししょう)が見つけたとき、けっこうぼろぼろだったんだけど」
 当たり前のように心配する狐の言葉が頭の中で響いた。ああ、ここは以前いた妖怪の里より温かい。なんだかずっと心に溜まっていた澱がすこし消えたように感じた。おいらは気づいたらボロボロと泣き出していた。おいらの様子を見た狐がギョッとした顔で、
「ご、ごめん、ぼくなんか気に障ること言っちゃった?」
 狐がおろおろとしながら、子河童に助け船を頼むような視線を送った。子河童ははあっとため息をつきながら、
「おいおい、どうしたんだよ。急に泣き出して、輪入道(わにゅうどう)の逸話が泣くぜ」
 子河童は慰めるつもりで言ったのだろうが、今のおいらには非常に辛い言葉だ。おいらが何も答えないことに不審な顔をする子河童。ああ、言いたくないけど、
「……おいら、輪入道(わにゅうどう)の恥さらしだって。二度と里に立ち入るなって言われた」
 だから輪入道(わにゅうどう)の逸話なんて言わないでほしいとまでは、おいらは言葉にできなかった。おいらの言葉を聞いた瞬間、子河童はバツの悪そうな顔をして、
「……悪かったよ、そりゃどの妖怪にも、いろいろ事情があるよな」
 と謝った、どうやらそんなに性格の悪い妖怪ではないらしい。そのとき、狐はおいらと子河童のやりとりを聞いて、
「君、輪入道(わにゅうどう)って言う妖怪なの?」
 と不思議そうに尋ねた。えっ、おいら達って東の地域では、そんなに無名な妖怪なのだろうか。おいらの戸惑いを感じたのか、
「狐はもう少し常識を身につけたほうがいいんじゃないか」
 と言って子河童は、狐の将来が心配だと言いたげに目を細めて言った。良かった、子河童はおいらのことを知っているらしい。そうだよね、妖怪達にもおいら達のことが無名だったら、それこそ落ち込んでしまう。狐はまだおいらに目を輝かせて、
「ねえ、輪入道(わにゅうどう)ってどんな妖怪なの?」
 と聞いてきた。子河童は慌てたように、
「おいっ、狐。おまえ怪我しているやつにいろいろ聞きすぎだ。とりあえず、師匠(ししょう)にこいつのこと伝えに行くぞ」
 そう言って、狐の首根っこを水かきでつかんで部屋を出て行った。狐は苦しそうに首を押さえながら、おいらに手を振り子河童に引きずられて行った。その様子を見ながら、
 なんだか、おいらが今まで接したことがない妖怪達だったな。
頭の中でぼんやりとそんな感想を浮かべ、おいらは目を閉じた。なんだか今日は疲れた。そう思いながらふと、目が覚めたとき、おいら一体どうなっているんだろうと思った。


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この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。

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