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#創作大賞2022応募作品「人間観察日記 第十一話」

「何だよ、これ……」
 俺っちは故郷に着いてから、愕然とした。河の水が土砂の流入のせいか、茶色く濁っている。それに山が切り開かれ、山の斜面が無残にも丸裸になっていた。
 以前は気持ちよく感じていた風もまったく別物に変わってしまったようで気持ちが悪い。
「みんなは、どうしたんだ?」
 故郷がこんな状態になっていて、他の妖怪達の棲み家はどうなったのだろう。そもそも妖怪達はみんな元気なのだろうか。こんな状態では、体調を崩しているかもしれない。
 俺っちは足早に棲み家に向かった。

 棲み家に着くと、一体の河童が河をのぞき込んでいた。昔、俺っちの面倒を見てくれた兄さん河童だ。
「おおい、帰ってきたぞ」
 兄河童がこちらを振り返る。俺っちの顔を見て少し驚いた後、嬉しそうに笑ったが、その表情はどこか疲れたきったものだった。
「おう、久しぶりだな。元気だったか、子河童」
「ああ、まあ俺っちは元気さ」
 俺っちは兄河童に動揺を悟られないように、返事をする。兄河童は、
「大変なときに呼び戻されちまったなあ」
「大変なとき?」
「この地域に棲んでいる妖怪達で話し合いが行われるんだ」
「そんなの毎年行ってるだろ」
「今年の話し合いはとても重要なことを決めるんだ。だから、子河童を呼び戻したんだよ」
 兄河童は疲れたように言った。なんだか嫌な予感がする。今晩の話し合いで、一体何を決めるんだろう。

「子河童、帰ってきてたのか」
「よお、子河童」
「俺っちもけっこう存在し始めて、何十年も経っているんだ。いいかげん、子河童って呼ぶの止めてくれよ」
「いや、でも子河童の後に新しい妖怪は誕生していないんだ。だから、お前さんが一番若い存在の妖怪だから、お前が子河童だ」
「何だよ、それ。仕方ねえな」
 それにしても気になることを言っていた。俺っちより後に、妖怪が誕生していないとは非常に珍しい。確かに年々妖怪の誕生する数は減っている。人間や動物が妖怪になる場合もあるが、それでもめっきり減ってしまった。昨今は、妖怪には生きにくい世の中になったのだろう。
 そう思いながら、話し合いの場に集まると座敷童がこちらを振り向いた。俺っちを見て、
「子河童、帰ってきていたの。お土産はないの」
 まずお帰りなさいくらい言ってくれ。なぜ土産をそんなに強請るんだ。
「座敷童、俺っちも急に呼ばれたんだ。土産なんて、用意できないさ」
 土産を用意していないと告げると、
「もう、子河童のお土産楽しみにしてたのに」
座敷童が心底残念そうに言った。座敷童は昔と変わらないなあ。
「なあ、座敷童」
 俺っちは自分の中の疑問を座敷童に問いかける。座敷童は、
「なあに?」
 と返事をする。多分、何を言いたいのか分かっているのに。
「この妖怪の里で何があったんだ。何でこんなに居心地悪く感じるんだ」
 俺っちは重々しく尋ねてしまう。その様子に淡々とした様子で座敷童が、
「人間が森を切り開いて、家を建て始めたのよ」
 と答えた。なに、当たり前のことを聞いているのと言いたげだ。
「人間が……」
 信じられない、人間はそこまで愚かになってしまったのだろうか。少なくとも師匠(せんせい)といる里では、そんなことは起こっていない。俺っちは信じられないという様子で呟いたのが、不思議だったのだろう。さっきまで淡々としていた座敷童が、珍しくため息をついてこう言った。
「人間は私たちを昔ほど畏れなくなった。きっと信じていないのね。私もずっと棲んでいた家が棲み心地悪くなって、こっちに戻ってきたの」
「そうなのか」
 俺っちはその人間達にご愁傷様と内心呟いた。座敷童が出て行ってしまい、今頃大変だろうに。
「棲んでいた人間はけっこう面倒見いいって言ってなかったか?」
「ああ、おばあさん達ね。数年前に出て行っちゃったのよ。まあ、だいぶ体調を悪そうにしていたから、仕方ないわね。代わりに新しい若い人間がきたけど、がらっと空気が変わってしまって、なんか居心地悪くてね」
 座敷童の困った顔を見て、気の利いた言葉を何も言えなかった。俺っちも故郷に帰ってきて、様変わりした故郷の様子に唖然とした。なんというか、自分の気に入っていた場所が急に変わってしまった感じだ。
 そんなことを考えているときだった。急に周囲の空気が変わった。妖怪の里の長老がやって来たのだ。
「皆、よく集まったわい」
「今回の話し合いはこの妖怪の里の今後を決める重要な話し合いだ、心せよ」
 空気がピリピリしている。
「皆も知っているとおり、人間達が我らの棲む土地に入り森を切り開いている。今まで調和がとれていた環境が壊れ、空気は自然のものを排除し、川の水は濁り、人間達の使う道具まで捨てられるようになった」
 長老の言葉を聞いて、皆ざわめきだした。
「許せねえよ、あいつら何様のつもりだ」
「あいつらを驚かして追い出しちまいましょう」
 そうだ、そうだとケンカ早い若手の妖怪達が口火を切った。
「皆、待て」
「わしらの行動でもし人間達に被害があったら、この国に棲む妖怪達にも被害が及ぶ」
 長老の痛ましげな声で周囲の妖怪達も思わず黙り込む。
「だからって、このまま何もしないんですか、長老」
 そんな非難めいた言葉をどの妖怪が口にした。その言葉を聞いた長老は、重々しげに言った。
「今宵、わしから皆に提案がある」
 長老からの提案に皆耳をすました。
「一部の妖怪達が人間達が決して入ってこれない領域を作っているのを知っているな」
「希望するものにその『領域』に移る許可を出す」
 周囲からどよめきが上がる。自分たちの棲み家を代々守っている妖怪は、険しい顔をしていた。
 妖怪だけが棲む『領域』。そこへ移るということは、この故郷を捨てるということなのだろうか。
「いきなり、こんな提案を出され驚いたものも多いだろう。時間を与える。次の年までにどうするか決めてきなさい。一度『領域』に入ってしまうと、簡単にはこっちへ戻ってこられないのだから」 
 俺っちはガツンと何かで頭の皿を殴られたような気持ちになった。一体どうすればいいのだろう。『領域』は、人間達のいう妖怪にとっての桃源郷みたいなところだ。
 俺っちは人間達と今までどおり共存して、この世界で生きていくのだと思っていた。でも、故郷の荒んだ様子を見て、急に分からなくなってしまった。
 俺っちが『領域』に行ったら、狐や輪入道(わにゅうどう)、師匠(せんせい)たちにももう会えなくなってしまうのだろうか。
 それは嫌だなと心の中で俺っちは呟いた。俺っちは師匠(せんせい)のもとに行ってからの日々は、正直楽しい。ここでの生活は皆俺っちを若い妖怪として扱い、居心地が悪い。
 同じ世代に存在が誕生した狐や輪入道(わにゅうどう)達と過ごす日々が楽しい。それに俺っちがいなくなったら、誰があいつらの面倒を見るんだ。あんな危なっかしい二妖怪の面倒を見ることができるのは、俺っちくらいだ。


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この作品は「#創作大賞2022」応募作品です。

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