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ブラジリアン・トップチームでのトレーニング 〜ノーギ編〜

トップチームで、MMAを戦う上で最も大切にしていた技術はこのノーギの技術である。

ノーギはサブミッション・レスリングとも呼ばれ、ポルトガル語では「sem pano (着無し、panoは布の意味、対して着有りは com pano)」と呼ばれる。

2006年当時のトップチームには、カーウソン・グレイシーの流れをくむ柔術と、ウニヴェルソ・アトゥレチコというチームから移籍してきた選手たちがもたらしたルタ・リーブリの技術があった。

このチームから移籍してきた選手には、ミルトン・ヴィエイラ、エラウド・パエス、ルイス・ブスカペらがいる。またジュカォンもそこで練習していたと言う話もあった。


プロのMMAクラスでは、ノーギのスパーリングはまるで歯を磨くかのような日常的な光景。プロ選手達と顔なじみなってくると、選手達の方から「スパーしないか?(Quer treinar? / Quer rollar?)」、と誘ってもらえるようになった。

プロ選手たちのスーパーの特徴は、まず相手のレベルに自分を合わせてくれることに尽きる。こうすることによって、高いレベルのプロ選手達と低いレベルの私でも、お互いに向上することができる有益なスパーリングができる。

プロ選手たちは、たとえ身体の大きさがかなり違ったり、テクニックに大差があったとしても、基本的にリラックスしてロールし、特に積極的に何か技を狙うと言うような事はしない。どんなタイプ、展開になっても即対応できるという自信もあるのだろうし、むしろ自分が不利な展開いになった方が練習になるという意味合いもあっただろう。

よく実力差のある2人がスパーリングすると、片方が一方的な展開になることから、「ボコられた」という言葉で表現される。ただ少なくとも私は、ブラジルでそのような経験は無い。ただ単に相手を「ボコる」ようなスパーリングをしなくても、ブラジルではスパーを繰り返すだけで簡単に上達することができた。言い換えるなら、柔らかく水のように柔軟に、グラウンドでいかなる展開にも対応できる自分になれた。

これは子供や女性とスパーリングしてみることを想像するとイメージしやすい。そういった相手と成人男性がスパーリングする場合、決して力で捻じ伏せるようなロールはしないであろう。

むしろ力を抜いてリラックスし、自分から積極的に技をかける事はなく、相手の良いところを引き出そうと努めるであろう。そうすることによって、基本に忠実な子供や女性のテクニックを成人男性が学ぶことができるし、その展開からの攻防をまるで遊ぶかのように実践できる。双方が上達することのできる有意義なスーパーが成立する。

それゆえブラジルでは、スーパーをするときは、「女性や子供とスーパーするように常に心がけなさい。」と言われる。

またこのことは最近、システマを学ぶようになってから特によくわかるようになった。なぜならシステマでは、技をかけようという自分自身の意図が入るだけで、技は相手に全くかからなくなってしまうから。技という概念さえ頭から消してしまう必要がある。


ところで、一般向けのノーギのクラスとしては週に2回、火曜日と木曜日の午後に開講されていた。

このクラスのコーチは、エラウド。リオでもトップクラスのノーギの使い手で、クラスでもそのポジションを余すことなく伝えていた。ノーギの競技でもMMAでも役立つポジションを教えてくれていた。また、エラウドは2006年当時、お金が本当に少なかった私に、選手たちで間借りしていたトップチームのすぐ裏にあるクルザーダと呼ばれる低所得者向けの高層アパートの一室を、安い金額で選手たちと一緒に住めるよう取り計らってくれた。本当に心優しき偉大なファイターである。

私はどちらかと言えば着有りよりはこのノーギの技術の方が好きである(エラウドから受けた恩義も多分に影響しているかもしれないが)。それはノーギの展開の早さと、展開のバラエティーの豊富さによる。

例えば、着有りでは自分の得意なポジションをまずしっかりと作って、着をしっかり握って相手をそのポジションで固定する。一度相手が得意なポジションを作ってしまうと、なかなかそこから逃れて違う展開にもっていく事は難しい。

それゆえ、最近では競技者双方が自分の有利なガードを作ろうと狙うために、ダブルガードなる双方が座ったまま見合う展開が多々見られる。一度どちらかのデラヒーバガードができてしまうと、そこからベリンボロを繰り出して相手のバックを取りそこからは締めを狙うという展開。

最近着有りの練習をしていて、あまり面白くないなぁと思うのは、誰もがこの展開を狙ってくるようになっているから。確かに柔術競技的には最も最適化され進化したスタイルがこのベリンボロ。決して今の柔術を否定するわけではないが、MMAで活用できないポジションを練習する事は、私にとってはあまりワクワクしない。

柔術は本来、バーリトゥード(Vale Tudo 何でも有り、MMAという言葉が誕生する以前のブラジルでの総合格闘技の呼び名、ヒクソンは柔術を構成する3要素の中で、バーリトゥードをコンバットと呼んでいた)で有利な展開ができるようにポイントが構成されている。相手をテイクダウンし(2ポイント)、相手のガードをパスし(3ポイント)、マウントを取り(4ポイント)、相手がマウントからのパンチを嫌がって背中を向けたらバックを取る(4ポイント)、有利なポジションを取ってからは主に絞めや関節技で相手を仕留める(試合終了)。この展開の中で相手にマウントを取られている以外のポジションから上下をひっくり返した場合はスイープ(2ポイント)が入る。

この柔術の展開を今ではクラシカルと呼び、最近の着有りの練習ではスパーでも滅多にお目にかかれなくなった。

ところでノーギでは相手を掴む場所がないため、ポジションを作ると言う概念はあっても、相手を固定すると言う概念は非常に少ない。トップチームでもMMAの練習でクローズガードの展開になった際は、「Abre a guarda!! (ガードを開け)」と声がかかる。唯一の例外はラバーガードや三角締めに相手を捉えた時であろう。

ノーギで相手をしっかりつかもうとすると、腕が早く疲労してしまい、その後の早い展開にはついていけなくなる。それゆえMMAでいうスクランブルの状態が着有りに比べて格段に増え、水のように柔軟な対応力が求められる。特にMMAでは、パウンドというグラウンド状態でのパンチや肘打ちの要素が入るため、上のポジションの相手の身体は着有りよりも重心が浮いた状態になり、上下のポジションが入れ替わりやすい。


2002年と2006年のトップチーム修行後の私は、まさに水のように柔らかなロールができる状態であった。日本に帰国してからは、残念ながら生活を維持するための仕事で忙殺され、練習時間が思うように取れなくなるとともに、この水のような状態も失われていった。

またあのブラジルにいた当時の自分を取り戻したいと、最近とみに強く思う。

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