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判断の根拠のby

私は浪人で予備校に通っていたある日、文法の授業で前置詞を習っていた。

退屈そうでやる気のない生徒もいたが、私は古文以外の授業はどれもおもしろくて仕方がなかった。(古文は興味が湧かず、成績が目に見えて悪かった)

そして、途中でbyの解説になった。英語のbyにはいくつかの用法がある。

一番よく使われるのは行為者の明言だろうか。例えば受け身の分の行為者を明らかにする場合だ。日本語の文章でもセリフや名言の後に「〇〇by誰それ」というようにカタカナ語ぽく自然に使われる。

他にも差を表すbyや方法のby、期限のbyなどがある。

その中で判断の根拠を示すbyというものが出てきた。そして例文には「You are known by your friends you get along with.(人は付き合う人でわかる)」と書かれていた。

つまり、誰と仲良くしているか誰とつるんでいるかを見ればその人がどんな人かがわかるという意味だ。


私はこの例文を見たときビビッときた。これほど意味の深い例文があるのかと。


これは例えば、ヤンキーはコンビニの前で誰と溜まっているだろうか?もちろんヤンキーの仲間だ。早寝早起きでガリ勉の生真面目な仲間ではない。

有名大学に進学する人は勉強に全くやる気のない人ばかりと付き合っているだろうか?いや、同じように有名大学を目指すライバルと切磋琢磨しているはずだ。


類は友を呼ぶという言葉があるように、人は自分と同じような人と付き合うのが当たり前なのだ。

家族や親族、仕事上で付き合わねばならない人を除いた時、人は居心地の良さや同じ趣味や考えを持つ人と付き合うのが自然であろう。友達との付き合いに相性の悪い人や趣味の違う人が選ばれることは少ないだろう。それはよっぽどの変わり者か物好きだ。



誰かを判断する時、その人のどこを見るだろうか?表情や仕草か、ファッションか、職業や家柄だろうか。しかし、それだけでは判断し切れたとは言い難い。

ウソをつくことは簡単であるし、現代には多くのテクノロジーやアイテムがあるため、人柄や人格を偽ることは簡単にできてしまうだろう。

そういう時は、相手の交友や友達を少し見ればわかるはずだ。なぜなら自分のことは簡単に隠せたり、偽ることができても、付き合う人自体をコントロールすることはできないからだ。

家族や親族、仕事上で付き合わねばならない人を除いた時、人は居心地の良さや同じ趣味や考えを持つ人と付き合うのが自然であろう。友達との付き合いに相性の悪い人や趣味の違う人が選ばれることは少ないだろう。それはよっぽどの変わり者か物好きだ。


裏を返せば、あなたも私も付き合う人によって判断されているのだ。どれだけ真面目で優しさがあっても、付き合う人がだらしなかったり、腹黒い人であれば我々もそういう人だと判断されるのだ。

それは本人はウソをつけても、周りの人を偽ることはできないということを皆知っているからだ。


そういう意味でも付き合う人は大切だ。誰と一緒にいるか、仲良くするかという選択は積極的にするべきだ。

実際、私も多くの人を切ってきた。借りた本を返せない人、ネガティブな発言ばかりする人、時間を守れない人など様々だ。これらの人が与える印象は巡り巡って自分に返ってくる。自分が気をつけていてもそうマイナスな判断されやすくなるのだ。

付き合う相手はメリットで選べというわけではないが、自分の足を引っ張るような人は避けたほうがいい。見えない信用を失うだけでなく、強力な負の引力(例えば予備校で全然勉強しない人)に引き込まれてしまう。

人付き合いとは奥が深いものだ。

Who do you get along with?

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