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姫騎士の最期

 姫騎士。姫殿下直轄の特務騎士団構成員の朝は早い。日が昇る前、未だ星々が輝きを宿している中、ベッドから彼女は身を起こした。平均よりもやや高めの身長で、うっすらと薄い脂肪を筋肉質の四肢に乗せた女であった。整った顔立ちだが、一文字に結ばれた口元と見開かれた目のせいで怒っているように見えるが、彼女は極めて冷静である。
「呼吸、脈拍…異常なし」
 簡単に自身の体調を確かめ、身支度を整えると彼女は窓を開いた。遠く、朝もやに沈む町の向こうに王宮の影があった。女は王宮に向け敬礼しながら囁いた。
「おはようございます、姫殿下」
 遠く離れ、相手は眠っているだろうが、このようにして女の一日は始まる。
「さて」
 彼女は敬礼を解くと、足早に部屋を出た。彼女が姫騎士であることは秘密であり、仮の姿である勤め先へ向かうためだ。だが、職場へと急ぐ間も、彼女の目はせわしなく周囲を見回していた。壁の張り紙や道端に詰まれた荷物、行き倒れた浮浪者に偽装した命令を見出すためだ。女への命令は全て、こういった間接的な暗号という形で下される。要人警護や監視、潜入捜査など身分の割れた王宮の騎士や兵士では勤まらない任務をこなすのが彼女の役目だ。
(芝居…行方不明の猫…果物の入っていた木箱…要人警護か)
 彼女はそれとなく示される符丁から、新たな任務を見出した。『仮の勤めを終えた後、に男を警護せよ』というものだ。直接顔を合わせたり、警護していることに気づかれてはならない。相手はお忍びなのだ。尾行されていると思われ、護衛対象に警察に駆けこまれた苦い経験から彼女は学んでいた。
(姫様の顔に泥を塗るわけにはいかない)
 姫直属の騎士としての矜持が、彼女の胸の内で燃え上がる。数年前のパレードを見物した際に、姫が彼女に向けて手を振った瞬間から、彼女は姫騎士の任を授かった。顔を合わさず、言葉を交わさずとも心は姫と通じている。姫騎士はそう、固く信じていた。

【続く】

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