「ガザ・モノローグ2010」その18

18.ファティーマ・アブ・ハーシェムさん 1996年生まれ アル・ジャラー通り

ヨーロッパにいるパレスチナ人と話すとき、私は申し訳なさを感じます。私は彼らのようにはなりたくないのです。なぜなら、彼らは離散(ディアスポラ)の民だから。自分の夢を、別の土地で叶えようとしている。夢は人と場所の、両方によって叶えられるものです。

私はこの人生が好きで、演じることが好きで、みんなのことが好きです。いつかパレスチナの大統領になってみたい。そうしたら、愛と平和を広げられるし、憎しみと悪意を絶やせて、みんなの心の中の分断を終わらせられるのに。これが私の大統領としての公約です。でも不運なことに、私は大統領ではないし、そのせいで戦争が起きているのよね。

戦争の火蓋は、雨のように降り注ぐ爆弾によって、切って落とされました。怖くて学校から走って出てきました。そこで、世界全体が道路を走っているのを見たんです。みんな子どもや、姉妹や、お母さんを探していて……。誰もが天を仰ぎ見ていました。その光景は、正直に言うと、おかしかった。パジャマを着て、裸足で走っている人が遠くにいました。最初見たときはわからなかったけど、近づいてみると、なんとその人は私の叔母さんだったのです。その人は、高貴な人だったのにも関わらず。その時に私は、戦争が始まったんだと思いました。

戦争が始まり、1年以上が経ちました。私たちは日々生き、その日々を隈なく過ごしています。テレビや電話やインターホンなどは戦争を思い出させるから嫌いです。でしょ!私は携帯すらも捨てました。何より怖いのはひとりぼっちになることです。もし戦争が始まった時にひとりぼっちだったらどうしよう、と考えます。誰が私を守るの? それから家族と一緒にいるときは、どうやってこの人たちを守ろうかを考えます。

私には女優になるという大きな夢があります。でもその夢はしだいにしぼみ始めています。演じることは重要で、この国、この社会で何が起きているかを伝えることができるにも関わらず、この国の人たちは女優をよく思っていませんから。もしこの夢が叶わなくても、二つ目の夢があります。それはジャーナリストになること。三つ目は愛し愛される家庭を持つこと。四つ目は私たちが自由になって、パレスチナの旗を自由に振ること。五つ目はみんな幸せに、死んだり破壊されたり、奪われたりしないこと。そして六つ目は、これで最後なのですが、私がこの独り言を終えて、舞台から降りること……

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