Amnesia Scanner『Another Life』



 アムネシア・スキャナーは、ベルリンを拠点に活動する2人組。かつてはルネサンス・マン名義で、ニュー・エレクトロやフィジェット・ハウスの要素が色濃いダンス・トラックを量産していたことでも知られている。

 彼らの音楽はインダストリアルと括られることも多いが、これはあまりにも狭い捉え方だ。たとえば2016年にYoung TurksからリリースされたEP「AS」を聴いてみると、豊富な引きだしに驚かされるはずだ。もちろんインダストリアルの要素もあるが、ベース、ヒップホップ、IDMといった実に多くの要素で彩られたサウンドなのだから。さらにミッキー・ブランコの“Booty Bamboo”をプロデュースした際は、ミニマルなダンスホール・トラックを提供している。インダストリアルというイメージのせいか、彼らはアンディー・ストットやレイムなどのポスト・インダストリアル・ブームの二番煎じと見られることも多々あるが、そういう単一的な枠に押しこめるほど彼らの音楽は単純じゃない。

 このことは待望のデビュー・アルバム『Another Life』を聴いてもらえれば瞬く間に理解できるだろう。まず本作を聴くうえで知っておくべきは、現実世界を反映しているということだ。いまは差別的な姿勢を隠さない者たちが至るところに溢れ、オーウェン・ジョーンズの著書『チャヴ 弱者を敵視する社会』でも指摘されているように、経済的に貧しい者たちを虐げる動きもある。2008年のリーマン・ショック以降、政治や経済システムに対する不信感が増す一方なのもよく知られている。

 こうしたカオスな現在は本作のインスピレーションになったようだ。そのカオスを推し進めたいと望むカタストロフィー願望を隠さないニック・ランドの名が、彼らのインタヴューに登場することからもそれは明らかだろう。いわゆる哲学のホラー(恐怖)というやつだ。とはいえ、ホラーと哲学の接合自体はたびたび見られる手法であり、新鮮味はない。スラヴォイ・ジジェクがヒッチコック映画を分析した『ヒッチコックによるラカン』などがすでにあるし、もっと古いところではハワード・フィリップス・ラヴクラフトの小説にも、ホラーと哲学の接合を見いだせる。だから正直、本作の根底にある思想や哲学はなにひとつ面白くない。いちごケーキのいちごをぶどうに変えただけのようなもので、いわば張り子の虎でしかない。そもそも、ニック・ランドとそれに影響された思想や哲学のほとんどが、世の中に難癖をつけるためだけの屁理屈に思えるつまらないものだ。

 しかし肝心のサウンドは驚くほど面白い。これまでの彼らはエクスペリメンタルな志向を打ちだした曲が多く、よく言えばストイック、悪く言えば踊ることの快楽やキャッチーさを拒絶する排他的姿勢が目立っていた。だが本作では、エクスペリメンタルなサウンドに快楽やキャッチーな側面を加えている。それがもっとも顕著なのは、パン・ダイジンが参加した“AS Unlinear”だ。極限にまで歪んだインダストリアル・ノイズはメタル・ギターのように響きわたり、ロボティックに処理されたパンのシャウトや硬質なビートはニッツァー・エブあたりのEBMを彷彿させる。そうしたサウンドに込められたテンションの高さと攻撃性は、ナイン・インチ・ネイルズが脳裏によぎるものだ。言うなれば彼らなりのポップ・ソングである。さらに“AS A.W.O.L”は、ゴシックな雰囲気が漂うインダストリアル風のサウンドスケープを纏っているが、音数の少ないビートが生むグルーヴはトラップそのものだ。ご存知のようにトラップは、現在のポップ・シーンを支配している主流の中の主流。そうしたジャンルを衒いなく取りいれたのは面白い。

 本作は、アムネシア・スキャナーとしておこなってきた実験と、ルネサンス・マン時代のポップネスが上手く融合したような曲が並んでいる。彼らなりに売れたいと思ったのかは定かじゃないが、オープンな姿勢になった結果、これまで以上の多彩なサウンドと可能性を獲得できたのだから素晴らしい。イヴ・トゥモア『Safe In The Hands Of Love』やソフィー『Oil Of Every Pearl's Un-Insides』など、今年は快楽やキャッチーさを受けいれたエクスペリメンタル作品が多く生まれているが、この流れに位置づけられるという意味でも本作は重要作だ。



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