Mercston『Top Tier』


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 イーストロンドンが輩出したラッパー、メルクストンの歩みは少々奇妙だ。2000年代初頭からグライム・シーンで活躍し、盟友のゲッツといったさまざまなラッパーと共演もしている。2006年の『Da End Of Da Beginning』など、音源をまとめた作品も多い。ただ、そうした根強い人気があるにもかかわらず、正式なスタジオ・アルバムは1度もリリースしていない。そのせいか、メルクストンをカルト的なラッパーとして扱うメディアもある。

 そんな背景を知る者にとって、デビュー・スタジオ・アルバム『Top Tier』は待望といえる作品かもしれない。インタールード的な小品も含め、全16曲が収められたそれは力作と呼ぶにふさわしい内容だ。先述のゲッツを筆頭に、デヴリン、ギグスといった多くのゲストを迎え、多彩なサウンドを鳴らしている。グライム、ダンスホール、UKドリル、アフロスウィングなど、ある程度音楽を知る者ならいくつもの要素を見いだせるだろう。
 特に驚かされたのは、とてもキャッチーなことだ。耳馴染みの良いメロディーが目立ち、ドライヴやベッドルームなど聴く場所を選ばない順応性の高さが光る。大切な誰かと過ごす一夜のBGMとしても、心地よい雰囲気を作ってくれるかもしれない。

 収録曲のなかでは“Redesign”に惹かれた。軽快なダンスホール・ビートを刻む良質なポップ・ソングだ。メルクストンのセクシーな歌声はもちろん、リゾート地の夜が似合うトロピカルなサウンドスケープも素晴らしい。問答無用で私たちの腰を揺らそうとする性急なグルーヴもグッドだ。
 ポップ・ソングでいえば“Jess”も負けていない。幽玄なピアノをバックに、メルクストンがシャープなラップを披露する。ビートを極限にまで削ぎ落とし、女性コーラスを前面に出したサウンドは、流麗なR&Bバラードと呼べる代物だ。

 一方で、グライムを出自とするアンダーグラウンドな匂いも漂う。それが顕著なのは“Hatrick”だ。80年代エレクトロを彷彿させるビートに、アシッディーなシンセ・ベースが絡む構成はドレクシア的でおもしろい。そこに乗るメルクストンの高速ラップは、グライムの典型的なフロウを生みだしている。そういう意味ではクラシカルな側面が強い曲とも言える。
 この側面は“Mercs Skinner”でも際立つ。1拍目と3拍目が強調されるトラックは、紛れもなく往年のUKガラージだ。ザ・ストリーツことマイク・スキナーにリスペクトを捧げた歌詞も含め、イギリスのポップ・ミュージックが好きな者をにんまりさせる。

 『Top Tier』は、現在の潮流を取りこみつつ、メルクストンのルーツも明確に示す。正直、ここまでバランスの良い作品を作れるラッパーだとは思わなかった。



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