ドラマ『マインドハンター』シーズン2



 『マインドハンター』は、1972年に行動分析課を設立した直後のFBIが舞台のドラマだ。フォード(ジョナサン・グロフ)、テンチ(ホルト・マッキャラニー)、ウェンディ(アナ・トーヴ)らによって、いまでは有名になったプロファイリングの手法を確立するまでの過程が描かれる。ネットフリックスが制作を務め、デヴィッド・フィンチャーやシャーリーズ・セロンが制作総指揮に名を連ねたことも注目された。

 2017年発表のシーズン1は、フォードに焦点を当てていた。フォードは凶悪犯罪者の心にコミットすることで、プロファイリングの確立に役立つ言葉を引きだす。その手法は周囲の反発を招くこともあった。それでも着実に成果を積みあげ、同時に傲慢かつ独善的な言動も増えた。
 そうした者に世界は厳しいようだ。シーズン1の最終話で、フォードは手痛いしっぺ返しをくらう。危険が伴うため、凶悪犯罪者との面会は基本的に2人でおこなうにもかかわらず、フォードは1人でエド・ケンパーに会いに行った。10人を殺した連続殺人鬼で、The Co-ed Killerとも呼ばれた男である。何度か会ううちに、フォードはケンパーに親しみを抱くようになっていた。しかし、シーズン1の最終話でケンパーにハグをされると、初めて殺されるという恐怖を抱き、その場から逃走。ストレスに押しつぶされたフォードは過呼吸になり、倒れてしまう。一滴の血も見せず、視聴者に寒々とした恐怖を抱かせる名シーンだ。

 先月配信されたシーズン2は、治療を受けるフォードの姿から始まる。ケンパーとの面会でパニック障害になったのだ。その姿を見て、ニーチェの有名な言葉を思いだした者もいるだろう。

「怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ 汝が長く深淵を覗き込む時、深淵もまた等しく汝を覗き込んでいる」(ニーチェ『善悪の彼岸』)

 だが、シーズン2の物語は、テンチの私生活を軸に進んでいく。ある日、テンチの妻が管理する物件で、幼児が磔になり殺害されるという事件が起きた。地元警察の手で捜査が進むなか、なんとテンチの息子・ブライアンが事件に関わっていたと判明する。年上の友だちに唆され共謀者になった経緯や、まだ幼い子どもであることが考慮され、実刑は免れた。とはいえ、FBI捜査官として多くの凶悪犯罪者と向きあってきたテンチは、ブライアンの行動に不安を抱いてしまう。
 その不安は仕事にも影響をあたえた。フォードと共におこなったチャールズ・マンソンとの面会では感情的な口論を繰りひろげ、フォードにたしなめられる始末だ。テンチもまた、深淵を覗きこみ、飲みこまれた。そうして行き着いたのは、妻子の喪失という結末である。

 テンチの物語が悲哀に満ちているのは、結末までの伏線が非常に巧みだからだ。FBIでのテンチは魅力が多い。ウィットに富んだ会話で場を和ませ、上層部へのごますりパーティーでも上手く立ちまわり気に入られる。暴走しがちなフォードに歯止めをかける気遣いだってお手のものだ。
 一方で、私生活には問題がある。ブライアンの件が起きてもなかなか家には帰れないこともあり、徐々に妻からの信頼を失っていく。ブライアンに対する疑念も晴れず、ゆえに軽蔑していた凶悪犯罪者とブライアンを重ねるような眼差しも目立つ。FBIのテンチとしては同僚の心を汲む言動ができるのに、父親のテンチになるとそれができなくなる。こうしたアンビヴァレントから生じる人間ドラマという魅力は、前シーズンよりも洗練された形で表現される。

 凶悪犯罪者の心理描写も優れている。『羊たちの沈黙』や『ハンニバル』のようなグロさはほぼ皆無でありながら、バーコウィッツやマンソンといった者たちの異常性を見事に炙りだす。
 こうした芸当が可能なのは、さまざまな面に神経が行きとどいているからだ。細かな顔の動きや目つきで感情を表す役者陣、それを最大限に活かす無駄のない演出、ジョン・オルトンに通じる極端な明暗法が目立つ映像など、あらゆる点でハイスコアを叩きだしている。残虐行為を描かなければ事件の悲惨さは伝わらないという作り手の意見もよく耳にするが、それは結局のところ、自らの表現力や技量不足を告白しているにすぎない…とでも言いたげな作りだ。

 このような矜持も滲む『マインドハンター』シーズン2に、心の底から夢中になっている。あまりによく出来ているため、筆者も深淵に飲みこまれるのでは?と思うほどだ。強いて言えば、それだけが本作に関する気がかりである。



サポートよろしくお願いいたします。