Footsie『No Favours』


画像1


 フットツィー(厳密に言えば、“ト”はほぼ発音しない)は、イースト・ロンドンのグライム・シーンにおける伝説的存在だ。D・ダブル・Eとのニューハム・ジェネラルズなど、グライムの発展に寄与した例は数多い。これまでさまざまなフィーチャリングをこなし、鋭いラップを刻んできた。
 トラックメイカーとしての才能も見逃せない。自ら主宰するBraindead Entertainmentから発表している『King Original』シリーズでは、グライム、ダブステップ、トラップの要素が混在した良質なトラック群を楽しめる。

 『No Favours』はフットツィーの最新アルバムだ。これまで築きあげてきた人徳のおかげか、参加アーティストは豪華絢爛。盟友のD・ダブル・Eを筆頭に、P・マニーやプレジデント・Tなどグライムの代表的ラッパーが集結している。プロデューサー陣も、サンパ・ザ・グレイトやスロウタイの曲を手がけたこともあるクウェス・ダーコ、ダブステップのパイオニア的存在であるスクリームといった凄腕が並ぶ。

 そんな本作はダブステップの要素が際立つ。細かく刻むハイハットはトラップを容易に想像させ、そういう意味ではUSヒップホップの色があるとも言える。しかし、重厚感あふれる強烈なベース・ラインが終始鳴り響くトラックの多さは、やはりダブステップの文脈を感じさせる。

 この側面が特に顕著なのは“My Own Wave”だ。反復する重低音を前面に出し、ラップをトラックの1パーツとして扱うようなプロダクションが際立つ内容は、仄暗いクラブのサウンドシステムにふさわしい。強いて言えば、2009年にクリプティック・マインズがリリースした『One Of Us』や、ヴェクスド『Degenerate』(2005)あたりのダブステップ・クラシックに通じるサウンドだ。

 フットツィーのラップも素晴らしい。言葉の抜き差しが巧みで、ここぞという時に言葉数を増やすフロウは何度聴いてもクセになる。子音を強調しがちな特徴がそのままなのは、思わず笑みがこぼれてしまった。

 ここ数年、2000年代から活躍してきたグライム・ラッパーが次々と良作を作りあげている。メルクストンは『Top Tier』(2020)で多彩な音楽性を見せつけ、カノは『Hoodies All Summer』(2019)という傑作を生みだした。
 シカゴ発のドリル・ミュージックをルーツとするUKドリルなど、いまのイギリスはアメリカのサウンドを取りこむラッパーも多い。だが一方で、UKドリル・シーンで活躍するティーザンドスとフィズラーがグライム色を隠さないコラボ・ソングを発表したりと、イギリスのサウンドを見つめなおす動きも目立ちはじめている。そうした流れを『No Favours』はさらに促すだろう。



サポートよろしくお願いいたします。