映画『ジョーカー』


ジョーんー


 ジョーカーといえば、DCコミックスの『バッドマン』シリーズに登場する敵役の中でも人気が高いキャラクターだ。ドラマや映画では、シーザー・ロメロ、ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトが演じてきた。

 そんなジョーカーに新たな側面をあたえようと試みたのが『ジョーカー』だ。監督は『ハングオーヴァー』シリーズなどで知られるトッド・フィリップス。アーサー・フレック/ジョーカー役にはホアキン・フェニックスを迎えている。
 ジョーカーが誕生する背景を描いた物語の舞台は、ゴッサムシティー。フィリップスいわく、1970年代後半から1980年初頭の設定だという。そのことを強調するためか、『タクシードライバー』といったニューヨークを舞台にした映画がちらつくシーンもある。フランクリン役に、『タクシードライバー』で主演を務めたロバート・デ・ニーロがキャスティングされているのも、非常にわかりやすい暗喩だ。

 劇中でのゴッサム・シティーには、多くの影が潜んでいる。格差社会、コミュニティーの分断、ゴミ収集業者のストライキなどなど。それらに対して役人や行政は何もできず、社会保障費も削られていく。
 こうした状況は、病弱な母親と暮らしながら、コメディアンとして世界を笑わせようと夢見るアーサーにとって辛いものだ。ゆえにアーサーが壊れ、ジョーカーになってしまうという流れにも、一定の説得力があるように見える。

 しかしそこには、フィリップスの不誠実な側面もある。たとえば、アーサーが看板持ちの仕事をしているとき、中南米系と思われるギャングに暴行を受けるシーン。白人が不当な迫害を受けているとでも言いたげなそれは、ドナルド・トランプやオルト・ライトが好みそうな描写だ。
 地下鉄の車内で、証券ブローカーたちに絡まれた道化師姿のアーサーが相手を殺し、逃げるシーンの流れも引っかかった。このことをきっかけに、エリート層への憎しみが広がり、アーサーはヒーロー的存在に祭りあげられるからだ。その影響は、「金持ちを殺せ」というプラカードを掲げデモ行進する人々にもうかがえる。参加者は道化師の仮面を着けているのだ。フィリップスは政治的映画ではないと公言するが、少なくとも政治色を感じさせる内容であるのは間違いない。

 しかも残念なことに、そうした色を自分の都合よく切り貼りするだけで、フィリップス自身の考えは驚くほど有耶無耶だ。そのせいで『ジョーカー』には、境遇を理由にアーサーの凶行を肯定する人間も出てきてしまう余地が残ってしまった。そんな作品を世に送りだしたフィリップスは、表現者としての無責任さと限界を痛感したほうがいい。この拙さは、フェニックスの熱演や、撮影監督のローレンス・シャーによる秀逸な都市景観といった魅力をもってしても、隠しきれなかったようだ。一応、気持ちを寄せるのはアーサーが抱える怒りであって、アーサーの行為ではないという体裁をとろうとする意図は感じられる。だが、それを完遂できているかと訊かれたら、NOと言わざるを得ない。
 アーサーと似た境遇に陥ったことがある者にとって、ジョーカーはむしろ忌避すべき存在だ。ジョーカーが社会構造をハックするために用いる暴力と憎しみこそ、アーサーのような人を生んでしまう要因なのだから。哀しいことに、この程度の認識もフィリップスは持てなかったらしい。

 『ジョーカー』を観終えたとき、筆者はとある映画を思いだした。1993年のドキュメンタリー映画、『Hated: GG Allin and the Murder Junkies』である。観客に糞便を撒き散らすなど、さまざまな奇行で知られるパンク・ロッカーのGGアリンを追ったもので、フィリップスが監督を務めている。アリンの奇異な言動に焦点を当てつづける内容は薄っぺらく、言動をおもしろがるだけの代物と言っていい。
 この作品をふまえると、『ジョーカー』の拙さが際立つ理由も見えてくる。1993年から現在に至るまで、フィリップスの価値観は変わっていない。綺麗事や建前が息苦しいとされる状況において、不謹慎なことをおもしろがるセンス。これまでフィリップスが作ったコメディー作品群を見れば、不謹慎さを笑いのエンジンにしてきたのは明白だ。その手法とセンスが進歩していないからこそ、『ジョーカー』が帯びる政治色は張子の虎みたいに薄く、中身がない。

 かつてはそれでも良かったのだろう。しかし、いまは2019年。自由や平等といった綺麗事は目に見える形で壊され、弱者を助けるという建前も風前の灯火だ。このような時代において、フィリップスお得意の不謹慎なセンスは弱者を抑圧する凶器にしかならない。こうした自覚ができない者は、シュールストレミングも顔負けの腐臭を漂わせることになる。そんな時代遅れの監督によって、『ジョーカー』は傑作になるチャンスを奪われてしまった。



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ポップ・カルチャーが大好きなフリーライター/編集。批評スタイルは「群れずに是々非々」。主な仕事のまとめ : http://masayakondo.strikingly.com/ 連絡先 : acidhouse19880727@gmail.com
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