アメリカの悲劇 〜 映画『ダーク・プレイス』〜



 映画『ゴーン・ガール』の原作者として有名なギリアン・フリンの小説、『ダーク・プレイス』が映画化された。シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト、クロエ・グレース・モレッツなど、好きな役者が集結していることもあって、とても楽しみにしていた。

 物語は、1985年にカンザス州で起きた一家殺人事件の真相を、その事件の生き残りであるリビー・デイ(シャーリーズ・セロン)が追うというもの。事件は当時8歳だったリビーの証言が決定打となり、兄のベンが逮捕されて無事解決...のはずでした。ところが28年後、「殺人クラブ」という団体からの連絡をキッカケに事件を調べると、殺害された母と2人の姉妹も含めた登場人物たちのさまざまな思惑が複雑に絡みあうことで、悲劇が起こってしまったという事実が浮き彫りになっていく。筆者はその事実が判明したとき、思わずホロリとしてしまった。もしかしたらこの悲劇は、当時のアメリカが起こしたのでないか?と思ったからだ。

 農場を経営しているデイ家の生活は、お世辞にも順風満帆とは言えない。離婚した母のパティは女手ひとつで子供4人を育てているが、自宅は差し押さえの危機にあり、さらに夫だったラナーはたびたび金の無心に来て、パティからなけなしの金を奪っていく。くわえてベンが、近所の子供に対する性的いたずらの嫌疑をかけられてしまい、それを晴らすための弁護士費用にも困っていた。いわばデイ家は貧困状態にあった。

 ここで、“1985年”というキーワードに注目してみましょう。1980年代のアメリカは、当時大統領だったロナルド・レーガンによるレーガノミクスのまっただ中でした。
 レーガノミクスとは、1960〜70年代のアメリカが陥った、スタグフレーションという経済不振の状態から脱却するために考案された政策のこと。いろんな要素によって構成されていますが、大きく分ければ 〈歳出削減〉〈減税〉〈規制緩和〉〈インフレ期待の抑制〉の4つが基本です。これらを軸にレーガンは、ドル安政策からドル高政策への転換を果たした。いわゆる“強いアメリカ”と言われる方向性です。それぞれの仕組みを細かく説明すると長くなってしまうので、とりあえずレーガンはレーガノミクスでインフレを抑制し、財政収支を黒字にしたかったと認識しておけば大丈夫です。

 さて、そんなレーガノミクス、インフレ抑制には成功したのですが、引きかえに農産物の輸出不振を起こしてしまった。その煽りを受けた農業界は、倒産、工場の閉鎖、大量解雇といった事態に追いこまれ、特に“世界のパンかご地帯”として有名な中西部は大打撃を受けました。その結果、農業経営だけで自立できる上層農場と、農外所得に生計を依存する零細農場の分極化が進み、そのはざまにある中間層の経営基盤は脆弱になった。いわゆる“格差”が生まれたのです。

 “格差”といえば、アメリカの経済学者ポール・クルーグマンは、レーガノミクスが“富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる”という格差社会をアメリカに作ったと主張しています(※1)。2011年に米国議会予算局(CBO)が発表したレポートでは、米国人口の1%とされる最富裕層の収入が、1979年から2007年の間にほぼ3倍になったと報告されています。これは、他の所得層の収入伸び率速度をはるかに上回るものであり、所得格差が急速に広がっていることを示すデータでしょう(※2)。こうした面から見ても、クルーグマンの主張には高い妥当性がありそうです。

 少々話が逸れました。先に書いた「中西部」には、カンザス州も入っています。そう、『ダーク・プレイス』の舞台となっているカンザス州です。ここまで読んでいただいた方は、筆者が何を言いたいかもうおわかりでしょう。つまり『ダーク・プレイス』は、真実を知ったリビーがどう生きていくのか?という人間ドラマの背後に、当時のレーガン政権による“無慈悲な切り捨て”をちらつかせる映画なのです。
 このことをふまえて観ると、国が間接的にデイ家の人生を狂わせたと解釈できます。もしレーガノミクスがなければ、パティの農場は経営に行き詰まることなく、さらにはパティもああした決断をせず、事件そのものが起きなかったかもしれない。そう考えると、デイ家の悲劇は“アメリカの悲劇”と言いたくなってしまうのです。

 そうしたデイ家を見て筆者は、『日本の悲劇』の春子を連想しました。春子もまた、戦後の混乱によって人生を狂わされ、最後は自らこの世を去ります。もちろんその戦後とは、第二次世界大戦後です。
 いつの時代も権力は、社会的弱者など存在しないかのような振る舞いをする。そんなメタメッセージを、『ダーク・プレイス』は突きつける。



※1 : 詳しくは、ポール・クルーグマンの著書『格差はつくられた―保守派がアメリカを支配し続けるための呆れた戦略』を読んでみてください。

※2 : レポート『Trends in the Distribution of Household Income Between 1979 and 2007』はこちらで読めます。https://www.cbo.gov/publication/42729?index=12485

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