Idles『Joy As An Act Of Resistance』



 アイドルズほど実直な者たちに出逢う機会はそうそうない。2012年にブリストルで結成されたこの5人組バンドは、2017年のデビュー・アルバム『Brutalism』で大きな注目を集めた。ポスト・パンクやハードコアといった要素で彩られたそれは、聴き手の胸ぐらに掴みかかる獰猛なサウンドを鳴らしていた。そのサウンドに乗る言葉はとてもシンプルで、こちらが少々戸惑うほど赤裸々だ。イギリスの階級社会に唾を吐きかける“Well Done”、子育てのために長時間労働を強いられる母親(映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』のケイティーをイメージするといいかもしれない)の姿が描かれた“Mother”、白人の特権をテーマにした“White Privilege”など、彼らの視線は常に社会をとらえている。これらが日常を生きるうえで感じる、極めて個人的な視座に基づいているのは言うまでもない。『Brutalism』のジャケットには、バンドのフロントマンであるジョー・タルボットの母親の写真と、ジョーの父親による彫刻が使われているのだから。そうしたことからも、彼らの社会的メッセージは日常に根ざしたものだとわかる。

 このような素晴らしいデビュー・アルバムを作りあげた彼らが、早くもセカンド・アルバム『Joy As An Act Of Resistance』を携え、私たちの前に帰ってきた。ドライな質感のギター・サウンドはこれまで以上にアグレッシヴで、歌メロもキャッチーさが増している。ハードコア、ポスト・パンク、ガレージ・ロックなどを基調にした音楽性は、前作からの深化作と言えるものだろう。
 一方で本作は、これまで彼らが見せてこなかった側面もうかがえる。たとえば“I'm Scum”の軽快なグルーヴは、クランプスといったサイコビリー、あるいはドクター・フィールグッドなどのパブロック的な匂いを感じる曲だ。一言でロックと言っても、本作はさまざまなロックの要素を込めた多面的な作品である。音色で統一感を強調しつつ、メロディーやリズムでは多彩さをしっかり演出している。勢い一辺倒の作品だと思っているのなら、それは大間違いだ。彼らは知的なミュージシャンシップを備えている。

 この知性は歌詞でも見事に発揮されている。移民としてイギリスにきた彼らの親友について歌われた“Danny Nedelko”、ブレグジットとそれに伴う分断を描いた“Great”など、社会の病巣を抉りだす観察眼が光る。それを煙に巻く衒学的な言葉ではなく、前作以上に平易な言葉で表現しているのも素晴らしい。本当に頭が良い者は、ジャーゴンという鎧で小器な自分を隠す必要はないのだ。
 言葉遊び的な面白さが増しているのも見逃せない。“Great”では、〈Blighty wants his country back Fifty-inch screen in his cul-de-sac Wombic charm of the Union Jack〉という具合に〝く〟で韻を揃えているが、こうした歌詞のグルーヴを意識した言葉選びも本作の魅力だ。怒りや哀しみなどさまざまな感情を吐きだす言葉であふれる本作だが、そこにユーモアを加えることで、風刺が効いたコメディーとも言うべき側面を作りだすことに成功している。

 “Samaritans”にも言及しておこう。この曲は本作のみならず、アイドルズというバンドを語るうえでも重要な曲だ。ずばり“Samaritans”は、ステレオタイプな男らしさをテーマにしている。しかもそれに対する懐疑的な心情を隠さず歌ってみせる。MVも男らしいとされるイメージをかき集めて作られ、ジェンダーロールに関する議論を促す内容だ。
 こういった姿勢は、彼らがハードコア・ファンにも受け入れられていることを考えると、驚きを覚える者も少なくないだろう。映画『アメリカン・ハードコア』でキラ・ロゼラー(元ブラック・フラッグのベーシスト)も証言するように、ハードコアは女性蔑視の風潮があるからだ。この風潮は、ハードコアの影響下にあるエモのような音楽にも受け継がれてしまった。ピッチフォークのシニア・エディターだったジェシカ・ホッパーが、『Punk Planet』56号に寄稿したエッセイ「Emo: Where The Girls Aren't」(ホッパーの著書『The First Collection of Criticism by a Living Female Rock Critic』にも収められている)で書いたように、エモは白人男性を中心に作られたシーンだった。

 ホッパーの指摘は大きな反響を呼び、とりわけロック・シーンに多大な影響をあたえた。パラモア(厳密に言うとヴォーカルのヘイリー・ウィリアムス)やセイント・ヴィンセントが正当に評価される下地を作り、ミツキ、リグレッツ、パラノイズ、L.A.ウィッチドリーム・ワイフ、ゴート・ガールといった女性たちが音楽シーンで注目される流れを生んだ。パラモアからの影響を公言する、ジュリアン・ベイカーやスネイル・メイルもここに加えていいだろう。
 この大きな波は、女性のバンドやアーティストだけに留まるものではない。たとえば、新世代のハードコア・バンドとして支持されているショー・ミー・ザ・ボディーは、フェミニズムやセクシャル・マイノリティーの運動に貢献した詩人オードリー・ロードを影響源に挙げている。いわば男性側からも、男女平等に強い関心を抱くバンドが出てきたのだ。

 こうした「Emo: Where The Girls Aren't」以降とも言える文脈に、アイドルズは位置づけられる。先述したように、彼らもステレオタイプなジェンダーロールに疑問を抱く男たちだ。そうした点だけを見ても、彼らをかつてのパンクやハードコア・バンドと重ねるのは誤りだとわかる。彼らは驚くほど現代的で、未来志向の音楽を鳴らすバンドなのだから。



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