アイルランドからFuck家父長制のポスト・パンク〜M(h)aol『Attachment Styles』


M(h)aol『Attachment Styles』のジャケット

 以前ブログでも書いたように、いまアイルランドの音楽シーンがおもしろい。記事を書いたあとも、ヒップホップ・グループのニーキャップがNYタイムズにピックアップされるなど、その勢いは増す一方だ。
 こうした潮流をきっかけに、M(h)aol(〈メイル〉と発音するらしい)も大きな注目を集めた。2014年にダブリンで結成されたこのバンドを知ったのは、2021年のデビューEP「Gender Studies」を聴いたときだ。自身の政治/社会性を隠さない歌詞と、グルーヴィーでざらざらとしたサウンドの交雑は筆者の耳を躍らせてくれた。女性差別や家父長制への批判が滲む言葉はフェミニズムの視点が濃く、そういう意味ではライオットガール的感性を受けついだバンドとも評せるだろう。

 そんなM(h)aolのファースト・アルバムが『Attachment Styles』だ。社会心理学でよく用いられる専門用語から引用したタイトルや、世間では一般的とされる規範に対する抵抗が顕著な歌詞といった要素は、男性優位の歪な社会構造を変えたいという想いを直截的に表現してみせる。女らしさや男らしさの枠組みにノーを突きつけ、自分であろうとする志はとても気高い。さまざまな問題の解決には個人の努力のみならず、社会の変化も必要だと示すところまで踏みこむ姿勢には好感を持った。
 このような姿勢が特に明確なのは、オープニングを飾る“Asking For It”だ。ヴォーカルのゲアレルトが性的被害を受けたときの気持ちが反映された歌詞は痛みで溢れながらも、痛みと向きあいながら生きていく希望を描く。
 “Asking For It”を筆頭に、本作は社会から受けた抑圧への怒りを歌いつつ、その抑圧を解消しようという輝かしいファイティングポーズを忘れていない。だからこそ、本作は聴いていてダークな気持ちになる一方で、聴き終えると前に進むための熱いエネルギーも得られる。

 社会が求める規範や常識とされるものへの反抗を歌った歌詞と共鳴するように、サウンドもポップ・ソングの定式にとらわれていない。突如展開が変わることも珍しくない曲の構成は、ヴァース-コーラス形式といった定番を行儀良くなぞらない。1分にも満たない小品や7分超えのナンバーまで収めた曲群はバラエティー豊かで、バンドの奔放な創作姿勢をアピールする。
 それでも本作が散漫な印象をあたえないのは、サウンドの質感を統一しているからだ。ビートや曲の構成は多様でありながら、インダストリアルの香りが濃厚なロック・サウンドを終始鳴らしている。そのおかげで本作はアルバムとしてのまとまりを維持したまま、音楽的引きだしの多さを示すことができた。

 起伏に富んだアルバムの構成、専門用語も飛びだす知的な言葉選び、ギャング・オブ・フォーからビキニ・キルまでさまざまな音楽に通じる曲群。これらの魅力が詰まった『Attachment Styles』は、バンドの高度な教養を匂わせる。
 しかし、M(h)aolは自らの高い教養レヴェルを見せつけるだけの衒学的バンドではない。日々の生活で抑圧され、生きづらさを感じる人々に寄りそえる聡明な眼差しを持っている。



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