Red Velvet - Irene & Seulgi(레드벨벳-아이린&슬기)「Monster」


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 ウォシャウスキー姉妹といえば、映画『マトリックス』(1999〜2003)シリーズやドラマ『センス8』(2015〜18)などを作りあげたことで知られている。

 しかし、筆者にとってウォシャウスキー姉妹の代表作は『バウンド』(1996)だ。ヴァイオレット(ジェニファー・ティリー)とコーキー(ジーナ・ガーション)の間に芽生える愛欲、スタイリッシュなカメラワーク、フィルムノワールの影響が滲む映像など、いま観ても惹かれるところがたくさんある。男性優位な社会構造への批判的眼差しや、当時としては先鋭的だった同性愛描写にも衝撃を受けた。

 レッド・ヴェルヴェットのアイリーンとスルギによるユニットのミニ・アルバム「Monster」を手にしたとき、思わず笑みを浮かべてしまった。ヴァイオレットとコーキーが唇を重ねる『バウンド』のワンシーンにそっくりなジャケットだからだ。
 “Bad Boy”のMVがそうだったように、レッド・ヴェルヴェットの作品には女性同士の愛欲を連想させるものが少なくない。このような文脈で聴いた筆者からすると、本作はレッド・ヴェルヴェットが積みあげてきた表現と地続きの作品に感じられ、ゆえにジャケットで同性愛的モチーフを用いたことにも驚きはなかった。
 リスナーのさまざまな連想を呼びおこすヴィジュアル表現には拍手したい。動きも言葉もないジャケットだけで、あれやこれやと語れるのだから。構図、色使い、被写体の距離感。あらゆる面で洗練を極めている。

 サウンドは興味深いアレンジが多い。リード曲の“Monster”は強烈なウォブリー・ベースが印象的で、現行のEDMトラップやフューチャー・ベースではなく、それらより前の時代に生まれたブロステップを想起させる。アーティストで例を挙げれば、『Recess』(2014)期のスクリレックスやラスコ『O.M.G.!』(2010)に通じる音だ。

 “Diamond”も特筆したい。アイリーンとスルギの流麗なハーモニーが際立ち、フェイス・エヴァンスやモンテル・ジョーダンあたりの90年代R&Bが脳裏に浮かぶ音を楽しめる。音数を絞り、ヴォーカルとビートを前面に出したプロダクションも秀逸だ。
 “Feel Good”もおもしろい。スロウなテンポは艶かしさを醸し、ウォブリーなベースと4つ打ちが耳に残る。強いて言えば、ディスクロージャーがプロデュースしたR&B、たとえばクロイ×ハリー“Ungodly Hour”(2020)的な曲調だ。

 本作のサウンドは、現行のポップ・ミュージックに目配せする一方で、流行にとらわれない柔軟性と風通しの良さも光る。ブロステップなんて言葉はほとんど聞かれなくなって久しいが、そう言わずにはいられない音も躊躇なく取りこんでいる。
 流行にとらわれない柔軟性と風通しの良さは、K-POPの表現を更新してきたレッド・ヴェルヴェットの持ち味でもある。マーティン・セリグマンのポジティヴ心理学も顔負けの前向きなエモーションが目立つK-POPの中で、レッド・ヴェルヴェットはダークな心情も描いてきた。“Russian Roulette”のMVが漂わせるブラック・ユーモアなどは、その象徴と言っていい。メインストリームのど真ん中にいながら、オルタナティヴな価値観を積極的に発信してきた。

 Toxic Positivity(有害な前向きさ)なる言葉が飛びかい、無理にでもポジティヴであろうとする価値観への疑問もある現在において、レッド・ヴェルヴェットの表現はこれまで以上に存在感を発揮しているように見える。
 おそらく「Monster」は、その存在感をさらに強める作品になる。“Feel Good”ではおどろおどろしい粘り気のある情動が歌われており、ポジティヴともネガティヴとも言いきれない雰囲気が漂う。それは聴いていて息苦しくなるほど重たいが、とても魅惑的だ。




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