Inner City『We All Move Together』


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 ケヴィン・サンダーソンはダンス・ミュージック・シーンのレジェンドだ。ホアン・アトキンス、デリック・メイと共にデトロイト・テクノのオリジネイター(いわゆるベルヴィル・スリー)として知られ、インナー・シティー名義では“Good Life”(1988)や“Big Fun”(1988)といったワールドワイドなヒット・ソングを生みだした。

 ホアン・アトキンスやデリック・メイを含め、デトロイト・テクノは基本的にアンダーグラウンド・ミュージックである。いまもなお多くの支持者(筆者もそのひとりだ)がおり、数多くのダンス・ミュージック・アーティストからもリスペクトされるなど、批評面では確固たる評価を築いた。だが、商業的にはそれほど大きなシーンとは言いがたい。ヴィンス・ステイプルズのような人気ラッパーのインスパイア源になるくらいの知名度はあっても、デトロイト・テクノ・アーティストが次々とチャートを席巻する光景を見た者はいないはずだ。

 それでも、ケヴィン・サンダーソンはインナー・シティーで商業的成功を収めた。これはおそらく、この名義ではデトロイト・テクノの要素を抑え、享楽的なハウス・ミュージックをストレートに鳴らしたおかげだろう。メロディアスで踊りやすいトラックに、パリス・グレイの艶めかしくもパワフルなヴォーカルが乗ることで、耳なじみのいいポップ・ソングを形成している。
 試しに、ベッドルームやドライヴ中の車内でインナー・シティーのアルバム(なかでもおすすめは1989年リリースの『Paradise』)を流してみればわかる。キャッチーな歌を作れる才能があったおかげで、ケヴィン・サンダーソンはその他のデトロイト・テクノ勢とは異なる道を歩めたのだと。

 その才能は、インナー・シティー名義では28年ぶりのアルバムとなる『We All Move Together』でもまったく色褪せていない。パリス・グレイが抜け、現在はステファニー・クリスチャンと息子のダンティエズ・サンダーソンを加えた3人体制になっても、きらびやかでエネルギッシュなダンス・ミュージックを鳴らしている。
 オープニングはイドリス・エルバ参加の“We All Move Together”だ。イドリスによるナレーションのあと、力強い4つ打ちのビートが鳴りはじめ、私たちを汗だくになるまで踊らせる。

 これ以降は、かつてのインナー・シティーを想起させるサウンドのオンパレードだ。“Good Life”や“Big Fun”を連想させるシンセ・フレーズが飛びだす“Your Love On Me”、アグレッシヴなピアノ・ハウス“Living In A Dream”など、終始ダンサブルで肉感的グルーヴを紡いでいる。

 言ってしまうと、本作に斬新さはほとんど見られない。高品質なビートとポジティヴなメッセージを組みあわせた親しみやすいハウス・ミュージックが並んでいるだけだ。
 しかし、そんな作品に筆者はたびたび身を委ね、体を揺らしてしまう。何かと世知辛く、人々の分断も叫ばれる世界に生きるひとりとして、〈We All Move Together(みんなで一緒に行動しよう)〉とアジテートするまっすぐさに救われるからだ。


※ : 本稿執筆時点ではMVがないのでSpotifyのリンクを貼っておきます。


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